十三、帰路—平吉との対話と決意
翌朝、紘一たちは稲葉山城を後にした。
見送りに、道真の家臣が来た。
昨日、森で出会った男だった。
「道真様から、伝言です」
家臣は、紘一に言った。
「『一ヶ月後を楽しみにしている』と」
「承知しました」
紘一は、頭を下げた。
そして、平吉、伊藤たちと共に、馬を走らせた。
城門を出ると、平吉が馬を並べてきた。
「田邊さん、どうでしたか。道真様は」
平吉の顔には、心配と好奇心が入り混じっていた。
「……恐ろしい男だった」
紘一は、正直に答えた。
昨夜からずっと考えていたが、やはりその結論に達した。
「すべてを見透かすような目をしている。油断できない」
紘一は、続けた。
「言葉の一つ一つに、毒が含まれている」
「表面上は礼儀正しく、穏やかだった」
「ですが、その裏に、冷酷な計算があるのが分かった」
「そうですか……」
平吉は、緊張した面持ちで前を見た。
「でも、交渉は成功したんですよね」
「ああ」
紘一は、頷いた。
「戦いは避けられる」
紘一は、交渉の内容を平吉に説明した。
一ヶ月以内に、小山領主を説得すること。
成功すれば、戦いは避けられる。
失敗すれば、戦争になる。
「それは……大変ですね」
平吉の声には、不安が滲んでいた。
「ああ。だが、やるしかない」
紘一は、前を見た。
「これからが、本番だ」
二人は、しばらく黙って馬を進めた。
山道を下り、街道に出る。
朝日が昇り、世界が金色に染まっていく。
美しい朝だった。
鳥がさえずり、風が心地よく吹いている。
だが、紘一の心は、重かった。
一ヶ月以内に、小山領主を説得しなければならない。
それができなければ、戦争になる。
神崎家も、小山領も、滅びるかもしれない。
その責任が、紘一の肩にのしかかっていた。
「田邊さん」
平吉が、再び話しかけてきた。
「何か、悩んでいますね」
平吉の観察眼は、鋭かった。
紘一の表情の変化を、見逃さない。
「……ああ」
紘一は、認めた。
平吉には、隠しても無駄だと思った。
この若者は、紘一のことをよく見ている。
「小山領主を説得できるか、不安なんだ」
「大丈夫ですよ」
平吉は、明るく言った。
「田邊さんなら、きっとできます」
「どうして、そう言い切れるんだ」
「だって、田邊さんは今まで、すべて成功させてきたじゃないですか」
平吉は、指を折りながら数えた。
「松永との戦いに勝った」
「領地の農業を改善した」
「斎藤道真との交渉も成功した」
平吉は、続けた。
「田邊さんは、すごい人です」
「俺、田邊さんを信じています」
紘一は、胸が熱くなった。
平吉の信頼が、嬉しかった。
そして、同時に、その信頼に応えなければという責任も感じた。
「ありがとう、平吉」
紘一は、微笑んだ。
「頑張るよ」
「はい!」
平吉も、笑顔を返した。
二人は、並んで馬を進めた。
秋の風が、心地よく吹いている。
木々の葉が、揺れている。
美しい景色だった。
数時間後、一行は神崎領に近づいていた。
見慣れた風景が、目に入ってくる。
田んぼ、村、そして遠くに見える神崎家の屋敷。
「帰ってきたな」
紘一は、呟いた。
この二ヶ月で、この領地が自分の居場所になっていた。
現代の愛知県ではなく、戦国時代の美濃国。
だが、ここが今の紘一の家だった。
「田邊さん、あれ」
平吉が、指差した。
道の先に、人影が見える。
数人の男たちが、こちらに向かって歩いてくる。
紘一は、目を凝らした。
視力が向上しているおかげで、遠くのものもはっきり見える。
先頭を歩いているのは、広信だった。
「若殿が、迎えに来てくださったんですね」
平吉は、嬉しそうに言った。
やがて、二つのグループが合流した。
「田邊さん、お帰りなさい」
広信が、笑顔で言った。
その顔には、安堵と喜びが浮かんでいた。
「無事で良かった」
「ありがとうございます」
紘一は、馬から降りて頭を下げた。
「交渉は、成功しました」
「本当ですか!」
広信の顔が、さらに明るくなった。
「それは素晴らしい」
「ですが、条件があります」
紘一は、続けた。
「一ヶ月以内に、小山領主を説得し、斎藤家への臣従を受け入れさせることです」
「なるほど……」
広信の表情が、真剣になった。
「それは、難しい仕事ですね」
「はい」
紘一は、頷いた。
「ですが、やるしかありません」
「分かりました。すぐに父上に報告しましょう」
一行は、屋敷に向かった。




