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十、道三との交渉—言葉の裏を読む駆け引き

「小山領か」

道三は、予想通りという表情を浮かべた。

その顔には、わずかな笑みがあった。

だが、それは温かい笑みではない。

獲物を捕らえた猟師の笑み。

計算通りに事が運んでいることを喜ぶ、冷たい笑み。

「お前たち、情報が早いな」

道三の声には、賞賛が込められていた。

だが、同時に、警戒も込められていた。

神崎家の情報網を、値踏みしている。

「噂で聞きました」

紘一は、曖昧に答えた。

情報源を明かさない。

それは、交渉の基本だった。

道真は、わずかに笑った。

「賢いな。情報源は明かさないか」

道三は、続けた。

「まあ良い。で、それで?」

道三は、続きを促した。

その態度は、余裕に満ちていた。

まるで、すべてを見通しているかのような。

「小山領のことで、何か言いたいことがあるのだろう」

「はい」

紘一は、慎重に言葉を選んだ。

ここが、最も重要な場面だ。

言葉一つで、交渉の成否が決まる。

「小山領は、神崎家の友好国です」

「知っておる」

道三の声は、そっけなかった。

「できれば、攻撃を思いとどまっていただきたい」

紘一の言葉に、道三は声を出して笑った。

「ははは!」

その笑い声が、広間に響いた。

「面白いことを言う」

道三の笑いが止まった。

その目が、再び鋭くなった。

「お前、わしに逆らうつもりか」

その声には、威圧感があった。

紘一の背筋に、冷たいものが走った。

だが、紘一は表情を変えなかった。

ここで怯めば、すべてが終わる。

「いえ」

紘一は、首を横に振った。

その声は、落ち着いていた。

「逆らうつもりはありません。ただ、お願いをしているのです」

「お願い、か」

道三の表情が、わずかに変わった。

興味を示している。

道三は、少し考えてから、口を開いた。

「では、聞こう」

道三は、身を乗り出した。

「もしわしが小山を攻めたら、お前たちはどうする」

核心の質問だった。

道三は、神崎家の出方を探っている。

もし「小山を助ける」と答えれば、斎藤家と敵対することになる。

もし「何もしない」と答えれば、友好国を見捨てる信用できない家だと思われる。

どちらに答えても、不利だ。

だが、紘一は別の答えを用意していた。

「小山を助けます」

紘一は、はっきりと答えた。

道三の目が、わずかに見開かれた。

予想外の答えだったのだろう。

「わしを敵に回すということか」

道三の声には、威圧感が増した。

「いえ、そうではありません」

紘一は、冷静に答えた。

「神崎家は、斎藤家と敵対する意思はありません」

「だが、友好国を見捨てることもできません」

紘一は、真っ直ぐ道三を見た。

「矛盾しているな」

道三は、指摘した。

「はい。ですから、お願いをしているのです」

紘一は、続けた。

「小山領を攻めないでいただければ、神崎家は斎藤家に恩義を感じます」

「恩義、か」

道三は、興味深そうに紘一を見た。

その目が、計算している。

紘一の言葉の裏を読もうとしている。

「その恩義は、何か形になるのか」

道真の質問は、鋭かった。

具体的な利益を求めている。

「将来、何らかの形でお返しができるかもしれません」

紘一の言葉は、曖昧だった。

具体的には何も約束していない。

だが、可能性を示唆している。

これが、交渉のテクニックだった。

明確な約束をすれば、それに縛られる。

だが、曖昧な表現なら、後で解釈の余地がある。

道三は、しばらく黙って紘一を見つめていた。

その目は、紘一の言葉の裏を読もうとしていた。

紘一が何を考えているのか。

何を隠しているのか。

どこまで本気なのか。

すべてを、見抜こうとしている。

紘一も、じっと耐えた。

動揺を見せてはいけない。

ここが、勝負の分かれ目だ。

時間が、ゆっくりと流れた。

部屋には、重い沈黙が満ちていた。

二人の男が、互いを見つめ合っている。

言葉はないが、激しい心理戦が繰り広げられている。

やがて、道三が口を開いた。

「田邊紘一」

「はい」

「お前、交渉が上手いな」

道三の声には、賞賛が込められていた。

だが、それは純粋な賞賛ではない。

危険な相手だと認識した、という意味の賞賛だ。

「言葉を選び、相手を観察し、隙を見せない」

道三は、続けた。

「なかなかの手練れだ」

「恐れ入ります」

紘一は、謙虚に答えた。

だが、内心では警戒を強めていた。

道三に、自分の技術を見抜かれた。

それは、危険なことだった。

「だが、わしが小山を攻めるのには、理由がある」

道三は、立ち上がった。

そして、窓際に歩いていった。

窓からは、城下町が見える。

夕日が沈みかけ、町が暗くなり始めていた。

無数の灯りが、点き始めている。

「小山領は、小さい」

道三は、窓の外を見ながら言った。

「だが、戦略的に重要だ」

道真の声は、冷静だった。

感情がない。

ただ、事実を述べている。

「あそこを押さえれば、美濃の東部を完全に支配できる」

「はい」

紘一は、頷いた。

道真の戦略が、よく分かる。

「そして、神崎家を牽制できる」

道三は、振り返った。

その目は、鋭かった。

「お前たちが、松永領を吸収して力をつけた」

「それは、わしにとって脅威だ」

道三は、正直に言った。

自分の意図を、隠さない。

それが、道三の策略だった。

正直に見せることで、相手を油断させる。

だが、紘一は油断しなかった。

道真の言葉の裏を読んでいる。

「だから、牽制する必要がある」

道真は、続けた。

「小山領を攻めることで、お前たちの反応を見る」

「そして、お前たちの力を測る」

道真は、すべてを明かした。

自分の戦略を、包み隠さず語った。

これも、策略だ。

すべてを明かすことで、相手に「この男は正直だ」と思わせる。

だが、実際には、明かしているのは表面だけ。

深層には、まだ隠された意図がある。

「なるほど……」

紘一は、頷いた。

道真の戦略が、見えてきた。

小山領を攻めることで、神崎家の反応を見る。

そして、神崎家の力を測る。

さらに、小山領を手に入れれば、神崎家を北から圧迫できる。

一石三鳥の策だ。

「ですが、道三様」

紘一は、口を開いた。

道真が、紘一を見た。

その目は、興味深そうだった。

「戦わずして、小山領を手に入れる方法もあります」

「ほう」

道真の目が、興味深そうに光った。

「どういう方法だ」

「小山領を、斎藤家の勢力圏に入れるのです」

紘一は、提案した。

「勢力圏?」

「はい」

紘一は、説明した。

「小山領主に、斎藤家への臣従を求めます」

「そして、神崎家がその仲介をします」

道真は、しばらく考えていた。

その表情からは、何を考えているのか分からない。

完璧なポーカーフェイスだ。

やがて、道真が口を開いた。

「つまり、小山を戦わずして手に入れろと」

「その通りです」

紘一は、頷いた。

「そうすれば、兵を失うこともなく、小山領を手に入れられます」

紘一は、続けた。

「戦えば、兵が死にます。お金もかかります」

「ですが、臣従させれば、それらのコストを避けられます」

紘一の言葉は、理に適っていた。

戦争には、コストがかかる。

兵の損失、武器の消耗、食料の消費。

そして、何より時間。

だが、外交で解決すれば、これらのコストを避けられる。

道真は、再び窓の外を見た。

その背中からは、何を考えているのか分からない。

長い沈黙が、部屋を支配した。

紘一は、じっと待った。

焦ってはいけない。

相手が考える時間を、与える。

それも、交渉のテクニックだ。

やがて、道真が振り返った。

「なるほど……」

道真の声には、感心が込められていた。

「だが、小山領主が、それを受け入れるかどうかだ」

「そこは、私が説得します」

紘一の言葉に、道真は目を細めた。

「お前が、説得するのか」

「はい」

紘一は、頷いた。

「一ヶ月の猶予をいただければ、必ず説得してみせます」

紘一の言葉には、自信があった。

いや、自信というより、覚悟だ。

失敗すれば、戦争になる。

そして、神崎家も巻き込まれる。

だが、成功すれば、すべてが丸く収まる。

道真は、長い沈黙の後、口を開いた。

「面白い」

その声には、興味が滲んでいた。

「その提案、受けよう」

「本当ですか」

紘一は、驚きを隠せなかった。

思ったより、簡単に承諾された。

いや、簡単ではない。

道真は、計算している。

この提案を受け入れることで、何が得られるか。

リスクは何か。

すべてを、瞬時に計算している。

「ああ。だが、条件がある」

「何でしょうか」

「お前が、小山領主を説得しろ。一ヶ月以内にな」

道真は、紘一を見た。

その目は、鋭かった。

「もし失敗すれば、わしは小山を攻める」

道真は、続けた。

「そして、神崎家も敵とみなす」

紘一は、息を呑んだ。

厳しい条件だ。

失敗すれば、神崎家は斎藤家を敵に回すことになる。

それは、滅亡を意味する。

だが、成功すれば、戦いを避けられる。

小山領も救える。

神崎家も守れる。

「承知しました」

紘一は、深く頭を下げた。

「一ヶ月以内に、必ず説得してみせます」

「よし」

道真は、満足そうに頷いた。

「では、そういうことで」

道真は、再び座った。

「今夜は、ここに泊まっていけ。明日、帰るがいい」

「ありがとうございます」

紘一は、立ち上がった。

そして、部屋を出ようとした時、道真が声をかけた。

「田邊」

「はい」

紘一は、振り返った。

道真が、紘一を見ていた。

その目は、何かを探るようだった。

「お前、本当に記憶がないのか」

道真の声は、低かった。

だが、その声には、何か深いものが込められていた。

「お前の知識、尋常ではない」

道真は、続けた。

「まるで、未来を知っているかのようだ」

紘一は、息を呑んだ。

道真は、気づいているのか。

紘一が、この時代の人間ではないことを。

未来から来た人間だということを。

「……分かりません」

紘一は、正直に答えた。

「私も、自分が何者なのか、分からないのです」

道真は、しばらく紘一を見つめていたが、やがて笑った。

「まあいい」

道真は、手を振った。

「いずれ分かるだろう」

道真は、言葉を続けた。

「行け。そして、一ヶ月後、必ず結果を出せ」

「はい」

紘一は、深く頭を下げて、部屋を出た。

廊下を歩きながら、紘一は深く息をついた。

緊張が、一気に解けた。

全身から、力が抜けていく。

だが、同時に、達成感もあった。

交渉は、成功した。

一ヶ月の猶予を得た。

これで、小山領を説得する時間ができた。

だが、同時に、大きなプレッシャーもあった。

一ヶ月以内に、必ず成功させなければならない。

失敗すれば、戦争になる。

「やるしかない」

紘一は、決意を固めた。


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