二、日常への回帰—小さな一歩ずつ
翌朝、紘一は無理やり普段通りの生活に戻ろうとした。
鶏の鳴き声で目を覚ます。
まだ薄暗い。
だが、屋敷の人々は、もう起き出している。
紘一は、いつも通りに着物を整えた。
そして、外に出た。
朝の空気が、冷たく清々しい。
秋が深まってきている。
木々の葉が、少しずつ色づき始めていた。
美しい景色だった。
「おはようございます、田邊様」
下男の権助が、挨拶してきた。
「おはよう」
紘一は、笑顔で答えた。
そして、いつもの仕事を始めた。
庭の掃除、薪割り、水汲み。
体を動かすことで、余計なことを考えずに済む。
だが、作業中も、時折、フラッシュバックが襲ってきた。
竹箒を動かす音が、槍を振る音に聞こえる。
薪を割る音が、骨を砕く音に聞こえる。
その度に、紘一は深呼吸をした。
「大丈夫だ。ここは戦場じゃない」
自分に言い聞かせる。
そして、作業を続ける。
午後、伊藤が紘一に声をかけた。
「田邊殿、無理をしていないか」
伊藤の目は、心配そうだった。
「お前の顔を見れば分かる。眠れていないだろう」
「……はい」
「初陣の後は、誰でもそうなる」
伊藤は、優しい声になった。
「俺も、そうだった。初めて人を殺した後、一週間は眠れなかった」
「時間が経てば、少しずつ楽になる」
伊藤は、続けた。
「受け入れられるようになる」
「辛い時は、誰かに話せ。一人で抱え込むな」
「ありがとうございます」
伊藤の言葉が、心に沁みた。
紘一は、作業を続けた。
そして、少しずつ、日常を取り戻していった。
フラッシュバックは、まだ襲ってくる。
だが、その度に深呼吸をし、自分に言い聞かせる。
一つずつ、作業をこなしていく。
少しずつ、だが確実に、紘一は回復していった。




