三十一、田邊の初陣
「突撃!」
広信の号令が響いた。
森から、神崎軍が飛び出した。
田邊も、槍を手に走った。
人生で初めて、武器を持って敵に向かう。
心臓が、激しく打っている。
恐怖が、全身を駆け巡る。
だが、足は止まらない。
体が、勝手に動いている。
不思議な感覚だった。
まるで、何度も戦場に立ったことがあるかのように、体が動く。
槍の構え方、走り方、呼吸の仕方。
すべてが、自然にできる。
(これが、能力なのか……)
田邊は、驚愕した。
だが、考えている暇はなかった。
目の前に、敵兵がいる。
三十代くらいの男だ。
驚いた顔で、田邊を見ている。
男が、槍を突き出してきた。
田邊の体が、反射的に動いた。
槍を横に払い、敵の攻撃をそらす。
そして、反撃。
田邊の槍が、敵の脇腹に突き刺さった。
「ぐあっ!」
敵兵が、血を吐いて倒れた。
田邊は、呆然とした。
自分が、人を殺した。
初めて、人の命を奪った。
敵兵の目が、こちらを見ていた。
驚き、苦痛、そして恐怖。
様々な感情が、その目に映っていた。
そして、光が消えていく。
命が、失われていく。
吐き気が込み上げてきた。
だが、田邊は必死に堪えた。
戦場で弱みを見せれば、自分が死ぬ。
「田邊さん、ぼうっとするな!」
平吉の声で、田邊は我に返った。
周囲は、混戦だった。
槍が交わり、刀が閃き、血が飛び散る。
悲鳴と怒号が、谷に響く。
これが、戦場だ。
人が人を殺し合う、地獄のような光景。
田邊は、再び槍を構えた。
次の敵が向かってくる。
今度は、若い兵だ。二十歳くらいだろうか。
恐怖に顔を歪めながら、必死に槍を突いてくる。
田邊は、その攻撃を受け流した。
そして、反撃しようとした。
だが、一瞬、躊躇した。
この若者にも、家族がいるのではないか。
帰りを待つ人がいるのではないか。
その一瞬の躊躇が、命取りになりかけた。
若者の槍が、田邊の肩をかすめた。
鋭い痛み。
血が流れる。
「くっ!」
田邊は、反射的に反撃した。
槍が、若者の胸に突き刺さった。
若者は、驚いた顔のまま、倒れた。
田邊は、その光景を見つめた。
若者の口から、血が流れている。
目は、まだ開いている。
何か、言おうとしているようだった。
だが、声は出ない。
やがて、動かなくなった。
「すまない……」
田邊は、小さく呟いた。
だが、戦場では、謝罪など意味がない。
殺すか、殺されるか。
それだけだ。




