三、集落と言語の謎
歩き続けて、どれくらい経っただろうか。
足が疲れてきた頃、ようやく森が開けた。そして、田邊の目に飛び込んできたのは—。
田んぼだった。
しかし、見慣れた現代の田んぼではない。畦道は曲がりくねり、水田の区画も不揃いだ。そして、遠くに見える集落の建物は、明らかに古い様式のものだった。
茅葺き屋根の家々。土壁。そして、人々の姿。
着ているのは、誰もが粗末な着物だ。男たちは腰に何か巻きつけ、女たちは頭に手ぬぐいを被っている。
「嘘だろ……」
田邊の膝から力が抜けそうになった。これは、間違いなく—。
「おい、そこのお前!」
突然、背後から声がかかった。振り返ると、三人の男たちが立っていた。いずれも粗末な着物に、腰には刀のようなものを差している。顔つきは険しく、田邊を睨みつけている。
「何者だ。この辺りで見ない顔だが」
男の言葉が、田邊には完璧に理解できた。
それだけでなく、自分が何を答えるべきか、どう答えるべきか、すべてが自然に頭に浮かんでくる。
「あ、あの、私は……」
田邊が口を開くと、自分の口から流れ出たのは、現代日本語ではなかった。
だが、それが何語なのか、田邊には分からない。ただ、自然に言葉が出てくる。そして、目の前の男たちも、それを理解している。
(これは、一体……)
田邊は、混乱した。
戦国時代の日本語は、現代日本語とは大きく異なるはずだ。
発音も、文法も、語彙も。
田邊は美術教師であって、国語や歴史の専門家ではない。戦国時代の言葉など、知らない。
なのに、なぜ話せるのか。なぜ理解できるのか。
その時、田邊の脳裏に、一つの理解が閃いた。
(タイムスリップした時に、何かが起きたのか)
視界が歪んだ時。あの浮遊感の中で。
自分の体に、何らかの変化が起きた。
言語の壁を越える能力。いや、それだけではない。
この時代に適応するための、何らかの力。
それが、自分に与えられたのではないか。
「怪しい奴め。野武士か、それとも間者か」
別の男が、刀の柄に手をかけた。
田邊は慌てて両手を上げた。
「違います! 私はただの……旅の者で……」
言葉は、自然に出てくる。この時代の言い回し、敬語の使い方、すべてが自動的に処理されている。
まるで、長年この時代に生きてきたかのように。
「旅の者? こんな山奥を、荷物一つ持たずに歩く旅人がいるか」
確かに、田邊は何も持っていない。不審に思われるのも無理はない。
「道に迷って……」
「黙れ。とにかく来い。殿に見せて判断を仰ぐ」
男たちは田邊を取り囲み、集落の方へと歩き始めた。抵抗しても無駄だろう。田邊は観念して、その後を従った。
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