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二十八、夜の行軍

夜、神崎軍は出陣した。

月明かりを頼りに、山道を進む。

総勢八十名の軍勢。

先頭を行くのは、広信と数名の武士。

その後に、田邊と主力部隊。

最後尾には、荷物を運ぶ人足たち。

田邊は、馬上から周囲を見回した。

夜の森は、昼とは全く違う顔を見せていた。

木々が黒い影となって立ち並び、その間を冷たい風が吹き抜ける。

獣の遠吠えが聞こえる。梟の声が響く。

兵たちは、誰も口を利かなかった。

ただ、黙々と歩いている。

その顔には、緊張と不安が浮かんでいた。

田邊も、緊張していた。

心臓が、激しく打っている。

明日、戦いが始まる。

人生で初めて、本当の戦場に立つ。

「大丈夫だろうか……」

田邊は、心の中で呟いた。

自分の策は、正しいのだろうか。

もし間違っていたら。

もし敵が別のルートを通ったら。

もし準備が間に合わなかったら。

様々な不安が、頭をよぎる。

だが、今さら後戻りはできない。

「田邊さん」

隣を歩いていた平吉が、小声で話しかけてきた。

「はい」

「俺、初めてなんです。戦は」

「そうか」

「怖いです」

平吉の声は、震えていた。

「俺も怖いよ」

田邊は、正直に答えた。

「でも、一緒に頑張ろう」

「はい」

二人は、そのまま黙って歩き続けた。


数時間後、一行は谷に到着した。

真夜中だった。

月明かりの下、谷は不気味な姿を見せていた。

両側の崖が、黒い壁のように迫っている。

「ここで、準備を始める」

田邊が指示を出した。

「崖の上に、弓兵を配置する。そして、丸太と石を運ぶ」

兵たちは、黙々と作業を始めた。

月明かりだけでは暗いが、松明を灯すと敵に気づかれる恐れがある。

暗闇の中、手探りで作業を進める。

田邊も、作業に加わった。

重い丸太を運び、指定の場所に積む。

石も、崖の上に運ぶ。

全身が汗だくになった。

だが、不思議と体は動いた。

五十代の体とは思えないほど、力が出る。

これも、能力のおかげなのだろうか。

夜明け前、ようやく準備が完了した。

崖の上には、弓兵が配置された。

谷の入り口と出口には、丸太と石が積まれた。

そして、田邊たちは、谷の脇の森に隠れた。

「後は、敵を待つだけだ」

田邊は、呟いた。

太陽が、ゆっくりと昇り始めた。

新しい一日が始まる。

そして、この日が、田邊の運命を大きく変える日になる。


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