表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/163

二十五、広信との夜の語らい

食事を終えた後、田邊は広信の部屋に呼ばれた。

今夜は、字の稽古の日だった。

だが、広信は、いつもと様子が違った。

机の前に座っているが、筆を持つ手に力がない。

表情も、暗い。

「広信様、どうかされましたか」

「田邊さん……」

広信は、顔を上げた。

その目には、涙が滲んでいた。

「私、怖いのです」

「怖い、ですか」

「はい。父上が倒れて、私が家を継がねばならない。でも、私にできるのか……」

広信の声は、震えていた。

「家臣たちも、領民たちも、私を頼りにしている。でも、私はまだ十八です。戦のことも、領地の治め方も、何も知らない」

田邊は、広信の隣に座った。

「広信様、怖いのは当然です」

「でも……」

「怖くない人間などいません。特に、初めてのことに直面した時、誰もが怖い」

田邊は、自分の経験を思い出した。

初めて教壇に立った時。

初めて生徒の前で授業をした時。

あの時も、怖かった。

失敗したらどうしよう。生徒たちに笑われたらどうしよう。

そんな不安でいっぱいだった。

「でも、怖くても、やるしかないのです」

田邊は、広信を真っ直ぐ見た。

「広信様がやらなければ、誰がやるのですか。神崎家を守るのは、広信様しかいません」

「でも、失敗したら……」

「失敗してもいいのです」

田邊の言葉に、広信は驚いた顔をした。

「失敗してもいい、のですか?」

「ええ。失敗は、誰にでもあります。大切なのは、失敗から学ぶことです」

田邊は、微笑んだ。

「私も、これから失敗するかもしれません。戦の策を立てたが、もしかしたら失敗するかもしれない」

「田邊さん……」

「でも、失敗を恐れて何もしなければ、もっと悪いことになります。だから、私は挑戦します」

田邊の言葉に、広信の目に光が戻ってきた。

「そうだ……挑戦しなければ、何も始まらない」

「その通りです」

二人は、しばらく無言で座っていた。

やがて、広信が口を開いた。

「田邊さん、今日は字の稽古はやめにして、戦のことを教えてください」

「戦のこと、ですか」

「はい。私も、少しは理解しておきたいのです。田邊さんの策が、どういうものなのか」

田邊は、頷いた。

「分かりました。では、説明しましょう」

田邊は、紙に簡単な地図を描き始めた。

神崎領と周辺の地形。

松永領の位置。

そして、谷の位置。

「敵は、おそらくこのルートで攻めてきます」

田邊は、線を引いた。

「松永領から神崎領に来るには、この道が最も近い。そして、この道の途中に、谷があります」

「この谷で、待ち伏せするのですね」

「その通りです。谷は狭いので、敵は大軍を展開できません。一列、あるいは二列で進まざるを得ない」

田邊は、続けた。

「そこを、両側の崖から攻撃します。弓矢を射かけ、石を落とす。敵は、逃げ場がありません」

「なるほど……」

広信は、真剣に聞いていた。

「そして、谷の入り口と出口を塞ぎます。丸太や石で退路を断てば、敵は完全に閉じ込められます」

「挟み撃ち、というわけですね」

「はい。これを『袋の鼠』と言います」

田邊の説明を聞きながら、広信の顔が明るくなっていった。

「素晴らしい……この策なら、勝てるかもしれません」

「可能性は、あります」

田邊は、慎重に言った。

「ただし、敵が本当にこのルートを通るかどうか。そして、我らの準備が間に合うかどうか。不確定な要素は多いです」

「でも、何もしないよりは、ずっと良い」

広信は、力強く頷いた。

「田邊さん、私、頑張ります」

「はい。私も、全力で支えます」

二人は、固く手を握り合った。


初めての作品になります。励みになりますので、高評価ブックマークをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ