二十二、太郎の田んぼ
太郎は、三十代半ばの農民だった。
太郎の家は、村の中でも特に粗末なものだった。
茅葺き屋根は古く、所々に穴が開いている。
雨が降れば、漏るだろう。
壁の土も、剥がれている部分が多い。
だが、庭は丁寧に掃除されていて、清潔感があった。
「田邊様、どうぞお上がりください」
太郎が、紘一を招き入れた。
家の中は薄暗く、狭かった。
土間と、わずかな板張りの部分。
そして、囲炉裏がある。
家具らしい家具は、ほとんどない。
「粗末な家ですが」
太郎は、恥ずかしそうに言った。
「いえ、お邪魔します」
紘一は、板張りの部分に座った。
太郎の妻が、お茶を持ってきた。
二十代後半くらいの、痩せた女性だった。
だが、目には優しさがあった。
「これしかございませんが」
差し出されたのは、粗末な湯だった。
茶葉など、ない。
ただの白湯だ。
「ありがとうございます」
紘一は、それを受け取った。
温かい湯が、喉を潤す。
「田邊様」
太郎が、口を開いた。
「なぜ、俺たちのことを、気にかけてくださるのですか」
「え?」
「田邊様は、殿の筆頭家臣です。俺たちのような貧しい農民のことなど、気にする必要はないはずです」
太郎の言葉に、紘一は少し考えた。
なぜ、自分は農民たちのことを気にかけるのか。
それは、現代日本で教師をしていた時の感覚が残っているからかもしれない。
生徒たちのことを気にかけ、彼らの成長を願う。
それと同じように、領民たちの幸せを願っている。
「太郎さん」
紘一は、答えた。
「領地が豊かになるためには、農業が重要です。そして、農業を支えているのは、あなたたち農民です」
「俺たちが……」
「はい。あなたたちが元気でなければ、領地は成り立ちません」
紘一は、続けた。
「だから、あなたたちの生活を良くすることは、領地全体のためになるんです」
太郎は、目を見開いた。
「そんな風に、考えてくださる方がいるなんて……」
太郎の目に、涙が滲んだ。
「俺たち、いつも殿や家臣の方々に、搾り取られるだけだと思っていました」
「それは、違います」
紘一は、首を横に振った。
「確かに、年貢は重いです。ですが、それは領地を守るために必要なんです」
紘一は、説明した。
「年貢で兵を雇い、武器を買い、城を守る。それがなければ、敵に攻められて、もっと苦しむことになります」
「……そうなんですか」
「はい。だから、領主と領民は、対立するものではありません。共に、領地を守り、発展させていくものなんです」
紘一の言葉に、太郎は深く頷いた。
「分かりました。俺、田邊様を信じます」
「ありがとうございます」
二人は、握手を交わした。
いや、この時代に握手の習慣はない。
だが、紘一が手を差し出すと、太郎は戸惑いながらも、その手を握った。
「これから、一緒に頑張りましょう」
「はい!」




