二十、緊急会議
広綱が倒れた翌日、緊急の家臣会議が開かれた。
広信が中央に座り、周囲を家臣たちが囲む。
田邊も、その場に呼ばれた。
「皆、集まってくれてありがとう」
広信の声は、昨日よりも落ち着いていた。
一晩で、少年から若き当主へと変わろうとしている。
「父上の容態は、依然として厳しい。だが、我らは前に進まねばならぬ」
家臣たちは、静かに頷いた。
その中には、田邊が連れてこられた時に捕らえた男たちもいた。名を伊藤、佐々木、田中といった。彼らは、田邊を警戒の目で見ていた。
特に伊藤は、四十代の武骨な男で、古参の家臣だった。
「若殿、まず領地の守りについて話し合いたい」
伊藤が口を開いた。
「父上が倒れたことを知れば、周辺の領主たちが攻めてくるでしょう」
「その通りだ」
広信は、地図を広げた。
粗く描かれた、神崎領とその周辺の地図だ。
「特に警戒すべきは、南の松永だ」
「松永久秀……」
家臣たちの顔が、曇った。
松永久秀は、この地域では悪名高い男だった。
元は商人の出身で、巧みな策略と武力で領主の座を手に入れた。
そして、その野心は、留まるところを知らなかった。
「松永の兵力は、どれくらいだ」
広信が尋ねた。
「百五十ほどと思われます」
佐々木が答えた。彼は、斥候を統括する立場にあった。
「対して我らは……」
「八十です」
伊藤が、苦い顔で答えた。
「しかも、殿が倒れて、皆、動揺しております」
重い沈黙が、部屋を支配した。
数で劣り、士気も低い。
正面からぶつかれば、勝ち目はない。
「何か、策はないか」
広信が、家臣たちを見回した。
だが、誰も答えられなかった。
年配の武士たちは、経験はあるが、この劣勢を覆す妙案は持っていない。
若い武士たちは、勇気はあるが、戦術的な知識に乏しい。
会議は、膠着状態に陥った。
その時、田邊が口を開いた。
「よろしいですか」
一同の視線が、田邊に集まった。
「お前は、何者だ」
伊藤が、警戒した声で尋ねた。
「田邊紘一と申します。記憶を失い、殿に拾われた者です」
「そんな者が、この場で何を言う」
伊藤の声には、明確な敵意があった。
よそ者が、重要な軍議に口を出す。それは、伊藤のような古参の家臣にとって、許しがたいことだった。
「待て、伊藤」
広信が、手を上げた。
「田邊さんは、私の師でもある。話を聞こう」
「若殿、しかし……」
「聞こう、と言っている」
広信の声には、決意が込められていた。
伊藤は、渋々ながらも黙った。
田邊は、深く頭を下げた。
「恐れながら、私には一つ、提案があります」
「申してみよ」
「まず、敵の動きを探ることです。松永がいつ攻めてくるのか、どれくらいの兵力なのか、どのルートを通るのか。それを知らなければ、対策は立てられません」
田邊は、地図を見ながら続けた。
「そして、斥候からの情報を元に、我らが有利な場所で戦う。数で劣る場合、戦場の選択が勝敗を分けます」
家臣たちは、顔を見合わせた。
「戦場を選ぶ、というのは?」
「地の利を活かすということです」
田邊は、地図の一点を指差した。
「例えば、この谷。ここは狭く、大軍が展開できません。もし敵をここに誘い込めば、数の差を無効化できます」
「なるほど……」
若い家臣の一人が、感心したように呟いた。
だが、伊藤は、まだ疑いの目を向けていた。
「田邊殿、あなたは本当に、戦の経験がないのか」
「記憶にはありません」
「では、なぜそのような戦術を思いつく」
「……頭の中に、自然と浮かんでくるのです」
田邊の答えに、伊藤は納得していない様子だった。
だが、広信は頷いた。
「良い案だ。田邊さんの策を、採用しよう」
「若殿、お待ちください」
伊藤が、強い口調で言った。
「よそ者の言葉を、そう簡単に信じてよろしいのですか」
「伊藤、お前は田邊さんを信用していないのか」
「信用以前の問題です。この者の素性が分からぬ。もし、敵の間者だったら」
部屋の空気が、一気に張り詰めた。
田邊は、冷静に伊藤を見た。
伊藤の疑いは、もっともだった。
よそ者が突然現れ、重要な軍議で策を提案する。
疑われて当然だった。
「伊藤殿」
田邊は、静かに口を開いた。
「あなたの疑いは、正しい。私の素性は、確かに分からない」
「ならば……」
「ですが、一つだけ言えることがあります」
田邊は、真っ直ぐ伊藤を見た。
「私は、神崎家に恩義があります。殿に拾っていただき、住む場所と食事を与えていただいた。その恩を、裏切るつもりはありません」
「言葉だけなら、何とでも言える」
「その通りです。ならば、行動で示しましょう」
田邊の言葉に、伊藤は黙った。
「もし私の策が失敗すれば、私の命を差し出します。それでよろしいですか」
重い言葉だった。
広信が、慌てて口を開いた。
「田邊さん、そこまで言わなくても……」
「いえ、これは必要なことです」
田邊は、広信を見た。
「伊藤殿の疑いは、正当なものです。それを晴らすには、これしかありません」
伊藤は、しばらく田邊を見つめていたが、やがて頷いた。
「分かった。田邊殿の策を試そう。だが、もし失敗すれば……」
「承知しています」
こうして、田邊の策が採用されることになった。
だが、それは同時に、田邊が自分の命を賭けることを意味していた。
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