十八、広綱の病状
翌朝、屋敷が騒然となった。
広綱の容態が、急変したのだ。
「殿が! 殿が倒れられた!」
平吉の叫び声で、田邊は目を覚ました。
慌てて外に出ると、屋敷中の人々が走り回っていた。
「どうしたんだ」
田邊は、近くにいた下男に尋ねた。
「殿が、意識を失われたんです!」
田邊は、息を呑んだ。
広綱が倒れた。
これは、神崎家にとって、最大の危機だった。
田邊も、広綱の部屋へと急いだ。
部屋には、すでに広信や家臣たちが集まっていた。
そして、床に伏している広綱の姿。
顔色は悪く、呼吸も荒い。
「父上! 父上!」
広信が、必死に呼びかけている。
だが、広綱は反応しない。
「医者は呼んだのか」
年配の家臣が尋ねた。
「はい、今、向かわせています」
田邊は、広綱の様子を遠くから見た。
医学の知識はほとんどないが、これが重症だということは分かった。
脳卒中、おそらく。
この時代、脳卒中は致命的だ。
治療法は、ほとんどない。
一時間後、医者が到着した。
老いた医者は、広綱を診察し、深刻な顔をした。
「これは、中風でございます」
「治りますか」
広信が、震える声で尋ねた。
医者は、首を横に振った。
「難しいでしょう。良くて、半身が動かなくなります。悪ければ……」
医者は、言葉を濁した。
つまり、死ぬ可能性もあるということだ。
「そんな……」
広信は、その場に崩れ落ちそうになった。
田邊は、とっさに広信を支えた。
「広信様、しっかりしてください」
「田邊さん……」
「今は、広信様がしっかりしなければなりません。家臣たちも、領民も、広信様を見ています」
田邊の言葉に、広信ははっとした。
「そうだ……私が、しっかりしないと……」
広信は、涙を拭い、立ち上がった。
「皆、父上の回復を祈ってください。そして、領地の守りを固めてください」
家臣たちは、深く頭を下げた。
田邊は、この光景を見ながら、思った。
状況が、変わった。
領主が倒れた。後継者は、まだ若い広信だ。
これは、神崎家にとって、危機だ。
そして、周辺の領主たちは、この機会を逃さないだろう。
特に、松永のような野心家は。
「戦になるかもしれない」
田邊は、心の中で呟いた。




