十七、夜の会話
その夜、田邊は平吉と二人で、夕食を食べていた。
今日の食事は、いつもと少し違った。
粥の中に、わずかだが豆が入っていた。
田邊の提案が、受け入れられたのだ。
「どうですか、田邊さん」
平吉が尋ねた。
「味、変わりましたか」
田邊は、一口食べてみた。
豆の量は少ないが、確かに味が変わっている。
豆の風味が加わり、粥に深みが出ている。
そして、何より、栄養価が上がっている。
「美味しいよ」
田邊は、笑顔で答えた。
「これなら、体も強くなる」
「良かった」
平吉も、嬉しそうに笑った。
二人は、しばらく黙って食事を続けた。
やがて、平吉が口を開いた。
「田邊さん、一つ聞いてもいいですか」
「何?」
「田邊さんは、本当に記憶がないんですか」
田邊は、手を止めた。
「なぜ、そう思うの?」
「だって、田邊さんは色々なことを知っている。字も書けるし、農業のことも詳しい。それに……」
平吉は、言葉を選びながら続けた。
「何というか、普通の人とは違う雰囲気がある」
田邊は、深いため息をついた。
嘘を重ねることに、罪悪感を覚える。
だが、真実を話すわけにはいかない。
「平吉さん」
田邊は、真剣な顔で平吉を見た。
「俺にも、よく分からないんだ」
「分からない?」
「ああ。頭を打って、記憶が曖昧になった。それは本当だ」
田邊は、半分本当のことを言った。
「でも、不思議なことに、知識だけは残っている。字の書き方、色々な技術。なぜか、知っているんだ」
「不思議ですね……」
「ああ、本当に不思議だ」
田邊は、遠くを見つめた。
「でも、一つだけ確かなことがある」
「何ですか」
「俺は、ここにいる。そして、この神崎家のために働きたいと思っている」
田邊の言葉に、平吉は頷いた。
「分かりました。俺は、田邊さんを信じます」
「ありがとう」
二人は、再び食事を続けた。
窓の外では、虫の音が響いていた。
初夏の夜。静かで、穏やかな時間。
だが、この平和が、いつまで続くかは分からない。
戦国の世は、常に変化している。
明日、何が起きるか、誰にも分からない。




