六、若き信長との出会い—運命の邂逅
1534年の春、紘一は再び織田家を訪れることになった。
今回は、外交使節としてだった。
道三と信秀の間で、正式な不可侵条約を結ぶためだった。
清洲城に到着すると、信秀が出迎えた。
「田邊殿、また会ったな」
「お久しぶりです、信秀様」
二人は、条約の詳細を詰めた。
国境を明確にする。
相互に侵略しない。
交易を促進する。
交渉は、順調に進んだ。
そして、条約が成立した。
交渉が終わった後、信秀が言った。
「田邊殿、せっかく来たのだから、城を案内しよう」
「ありがとうございます」
信秀は紘一を城内の庭へ案内した。
美しい庭だった。
池があり、木々が植えられている。
手入れが行き届いている。
その庭で、一人の少年が、木刀を振っていた。
少年は、七歳くらいだろうか。
小柄だが、動きは素早い。
木刀を振る姿は、真剣だった。
「あれは……」紘一は尋ねた。
「わしの息子、吉法師だ」信秀は答えた。
「後の、信長となる」
紘一の心臓が、速く打った。
織田信長。
日本史上、最も有名な武将の一人。天下統一に最も近づいた男。
その信長が今、目の前にいる。
紘一は少年を見つめた。
少年は、木刀を振り終えると、紘一たちに気づいた。そして、近づいてきた。
「父上、この方は」少年の声は、高いが、しっかりしていた。
「美濃の使者、田邊紘一殿だ」信秀が、紹介した。
少年は、紘一を見上げた。
その目は、鋭かった。子供とは思えないほど、鋭い目だった。
「美濃の……」少年は、呟いた。
「敵ですか」
信秀は笑った。
「今は、同盟者だ」
「同盟者……」少年は、紘一を見つめ続けた。
紘一も、少年を見つめた。
この少年が、いずれ、天下を取ろうとする。
そして、本能寺で、倒れる。
紘一は不思議な感覚を覚えた。
歴史を知っている自分が、歴史上の人物と対面している。
「吉法師」紘一は少年に声をかけた。
「木刀の稽古、上手ですね」
少年は、少し照れくさそうにした。
「まだまだです」
「いいえ、立派です」紘一は微笑んだ。
「いつか、偉大な武将になるでしょう」
少年の目が、輝いた。「本当ですか」
「本当です」
信秀も、満足そうだった。
「吉法師、もっと稽古をしろ。いつか、美濃も尾張も、お前のものになる」
少年は、力強く頷いた。「はい、父上」
紘一はその光景を見ながら、複雑な思いだった。
この少年が、いずれ、道三と戦うかもしれない。
そして、美濃を手に入れるかもしれない。
だが、同時に、紘一は思った。
もし、この少年と良い関係を築けたら。
もし、この少年に、平和の大切さを教えられたら。
歴史が、少し変わるかもしれない。
「吉法師」紘一はもう一度声をかけた。
「はい」
「強くなってください」紘一は真剣に言った。
「ですが、強さとは、ただ戦うことではありません」
少年は、不思議そうな顔をした。
「強さとは、人々を守ることです」紘一は続けた。
「人々を幸せにすることです」
少年は、じっと紘一を見ていた。
「覚えておいてください」紘一は微笑んだ。
少年は、小さく頷いた。
紘一は清洲城を後にした。
だが、あの少年の顔が、頭から離れなかった。
「織田信長か……」紘一は呟いた。
帰路、平吉が尋ねた。
「田邊さん、あの子供、誰ですか」
「織田信秀の息子だ」紘一は答えた。
「名を、吉法師という」
「へえ。可愛い子でしたね」
「ああ」紘一は頷いた。
「だが、いずれ、偉大な武将になるだろう」
紘一には、確信があった。
あの少年は、ただ者ではない。
その目に、宿っていた光。それは、天下を取る者の目だった。
だが、同時に、紘一は願った。
あの少年が、戦いだけでなく、平和の大切さも学んでくれますように。




