七、西方会合—五者五様の駆け引き
稲葉山城に到着すると、すでに他の領主たちも集まっていた。
大広間には、道三、稲葉一鉄、そして西の五人の領主が座っていた。
紘一と広信は道三の少し後ろに座った。
紘一は五人の領主を観察した。
竹中重元—白髪で、穏やかな顔をした老人。
だが、その目には、慎重さがあった。
斎藤利三—筋肉質で、鋭い目をした男。
野心が、その顔に表れていた。
不破光治—知的な顔をした老人。
その目は、すべてを見抜こうとしているようだった。
池田恒興—若く、情熱的な顔をした男。
その目には、理想が宿っていた。
稲葉良通—冷静な顔をした男。
その目は、常に計算しているようだった。
道三が口を開いた。
「皆、よく集まってくれた」道三の声が、広間に響いた。
「今日は、美濃の未来について、話をしたい」
五人の領主は、黙って聞いていた。
「美濃は、長年、争いが続いている」道三は続けた。
「だが、わしは、この争いを終わらせたい」道三の目が、鋭くなった。
「美濃を統一し、平和と繁栄をもたらしたい」
道三は五人の領主を見回した。
「そのために、お前たちの協力が必要だ」
竹中重元が、口を開いた。
その声は、慎重だった。
「道三様、統一とは、具体的にどういうことでしょうか」
「良い質問だ」道三は頷いた。
「田邊、説明してくれ」
紘一は立ち上がった。そして、五人の領主の前に進み出た。
「皆様」紘一は落ち着いた声で話し始めた。
「道三様の統一とは、征服ではありません。同盟です」
五人の領主は、紘一を見た。
「各領主は、自分の領地を治め続けます」紘一は説明した。
「内政も、経済も、すべて各領主の自由です」
「では、何を道三様と協力するのですか」斎藤利三が、鋭く尋ねた。
「軍事と外交です」紘一は答えた。
「外部の敵が美濃を攻めてきた場合、すべての領主が協力して戦います」紘一は続けた。
「そして、他国との外交は、道三様が統括します」
「それで、我らに何の利益があるのですか」稲葉良通が、冷静に尋ねた。
紘一はこの質問を待っていた。
「稲葉様」紘一は稲葉良通を見た。
「あなたは、計算高い方だと聞いています」
稲葉良通は、少し笑った。「悪い評判ですな」
「いえ、褒め言葉です」紘一は続けた。
「計算ができるということは、賢いということです」
稲葉良通は、興味深そうに紘一を見た。
「では、計算してみてください」紘一は説明し始めた。
「今、あなたが単独で領地を守っています。その費用は、年間どれくらいですか」
稲葉良通は、答えた。
「兵の維持費、武器の購入費、城の修繕費。すべて合わせて、約三百石分です」
「では、道三様の同盟に入った場合を考えてください」紘一は続けた。
「外部の敵と戦う時、道三様の軍が支援します」紘一は説明した。
つまり、あなたの軍事費用が減ります」
稲葉良通の目が、輝いた。
「具体的には、どれくらい減りますか」
「おそらく、半分ほどになるでしょう」紘一は答えた。
「年間百五十石分の節約です」
稲葉良通は、計算し始めた。その目は、数字を追っている。
「さらに」紘一は続けた。
「道三様の同盟に入れば、交易が活発になります」紘一は説明した。
「美濃内での争いがなくなれば、商人が安心して移動できます」
「交易が活発になれば、税収が増える」稲葉良通は、理解した。
「その通りです」紘一は頷いた。
「おそらく、年間百石分ほどの増収になるでしょう」
稲葉良通は、最終的な計算をした。
「つまり、年間二百五十石分の利益、ということですか」
「はい」
稲葉良通は、満足そうに頷いた。
「なるほど。理に適っています」
次に、紘一は斎藤利三を見た。
「斎藤様」紘一は言った。
「あなたは、領地の拡大を望んでおられると聞きました」
斎藤利三は、警戒した顔をした。
「それが、何か」
「道三様の同盟に入れば、その野心を実現できます」紘一は説明した
。「道三様の軍事支援を受けて、他の領地を攻められます」
斎藤利三の目が、輝いた。
「本当ですか」
「はい。ただし、条件があります」紘一は続けた。
「その攻撃が、美濃全体の利益になること。
そして、道三様の許可を得ること」
斎藤利三は、考え込んだ。「道三様の許可……」
「道三様は、無謀な戦いは許可しません」紘一は説明した。
「ですが、合理的な戦略に基づく攻撃なら、支援します」
斎藤利三は、納得したように頷いた。
次に、紘一は竹中重元を見た。
「竹中様」紘一は言った。
「あなたは、安定を望んでおられると聞きました」
竹中重元は、穏やかに頷いた。
「その通りです。私は、ただ平和に領地を治めたいだけです」
「ならば、道三様の同盟に入ることが、最良の選択です」紘一は説明した。
「同盟に入れば、他の領主があなたを攻めることはなくなります」
「本当に、守ってくれるのですか」竹中重元の声には、不安があった。
「はい」紘一は断言した。
「道三様は、同盟者を守ります」紘一は続けた。
「それは、道三様の信用に関わります。同盟者を守らなければ、誰も道三様を信用しなくなります」
竹中重元は、納得したように頷いた。
次に、紘一は池田恒興を見た。
「池田様」紘一は言った。
「あなたは、若く、情熱的な方だと聞きました」
池田恒興は、少し照れくさそうに答えた。
「私は、ただ正しいことをしたいだけです」
「では、考えてみてください」紘一は説明し始めた。
「今、美濃では、争いが続いています」紘一の声が、真剣になった。
「その争いで、多くの領民が苦しんでいます」
池田恒興の顔が、曇った。
「領民たちは、戦いで家を失い、家族を失い、生活を失っています」紘一は続けた。
「それは、正しいことですか」
「いいえ」池田恒興は、答えた。
「ならば、その争いを終わらせることが、正しいことではないでしょうか」紘一は問いかけた。
池田恒興は、深く頷いた。「その通りです」
「道三様の統一は、争いを終わらせるためです」紘一は説明した。
「美濃を統一し、平和をもたらす」紘一の声が、力強くなった。
「それは、正義です」
池田恒興の目が、輝いた。
「分かりました。私は、道三様の統一を支持します」
最後に、紘一は不破光治を見た。
不破光治が、最も難しい相手だった。
「不破様」紘一は慎重に言葉を選んだ。
「あなたは、独立を望んでおられると聞きました」
不破光治は、じっと紘一を見た。その目は、鋭かった。
「独立とは、何でしょうか」紘一は問いかけた。
「誰にも従わないことだ」不破光治は、答えた。
「ですが、完全な独立など、この時代には存在しません」紘一は率直に言った。
「小さな領主は、必ず大きな大名の影響下に入ります」
不破光治の顔が、険しくなった。
「ですが」紘一は続けた。
「形式的な独立を保ちながら、実質的には協力関係を築く。それは、可能です」
不破光治の目が、わずかに広がった。
「不破様は、道三様の『家臣』にはなりません」紘一は明確に言った。
「不破様は、道三様の『対等な同盟者』です」
不破光治は、長い間、沈黙していた。
やがて、不破光治が口を開いた。
「田邊殿、あなたは、東方会合でも同じことを言ったそうですな」
「はい」
「氏家卜全が、それで納得したと聞きました」不破光治の目が、紘一を見つめた。
「ですが、私は、氏家よりも慎重です」
紘一は緊張した。
「私は、文書で明記してほしい」不破光治は、要求した。
「対等な同盟者であること。道三様の家臣ではないこと。それを、明確に」
道三が口を開いた。
「分かった。文書にしよう」
不破光治は、満足そうに頷いた。
「では、私も受け入れます」
こうして、五人の領主すべてが、道三の同盟に入ることに同意した。
会合は、成功に終わった。




