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十九、長井道利との対峙—野心家の本質を見抜く

会合の日、紘一は早朝から稲葉山城に入った。

今回の会合は、前回の東方会合とは性質が違った。

前回は、三人の領主を同時に説得する集団交渉だった。

だが、今回は、一対一の交渉だ。

長井道利という一人の男を、説得しなければならない。

紘一は会合の部屋に案内された。前回と同じ大広間だった。

だが、今日は、人数が少ない。

道三、稲葉一鉄、そして紘一。神崎家側は、それだけだった。

やがて、長井道利が入ってきた。

長井は、四十代半ばの男だった。

背が高く、筋肉質で、武人の雰囲気を纏っている。

顔は厳しく、目は鋭い。その目には、野心が宿っていた。

獲物を狙う肉食獣のような目だった。

長井は、部屋に入ると、道三に一礼した。

「道三様、お呼びいただき、ありがとうございます」

「よく来てくれた、長井」道三は穏やかに言った。「座ってくれ」

長井は、座った。そして、紘一を見た。その目には、好奇心があった。

「こちらは、田邊紘一だ」道三が紹介した。「神崎家の家臣だ」

「ほう」長井は、紘一を値踏みするように見た。

「噂は聞いている。小山領を戦わずして臣従させた知恵者だと」

「過分なお言葉です」紘一は頭を下げた。

「だが」長井の声が、冷たくなった。

「知恵だけで、戦いに勝てるわけではない」

紘一は長井の挑発を感じた。

この男は、武力を信じている。

言葉よりも、刀を信じている。

「その通りです」紘一は冷静に答えた。

「ですが、無駄な戦いを避けることも、知恵です」

長井は、少し笑った。「無駄な戦い、か」

道三が口を開いた。「長井、今日は、お前に提案がある」

「何でしょうか」

「わしの傘下に入らないか」道三は単刀直入に言った。

長井の顔が、険しくなった。「道三様の、傘下に、ですか」

「そうだ」道三は頷いた。「美濃の統一に、協力してほしい」

長井は、しばらく黙っていた。その目は、道三を見つめている。

何かを測っているようだった。

やがて、長井が口を開いた。

「断る」

部屋に、緊張が走った。

道三は表情を変えなかった。

「理由を聞かせてもらおう」

「私は、誰の下にもつきたくない」長井の声は、強かった。

「私は、自分の力で、領地を拡大する」

「領地の拡大、か」道三は言った。

「具体的には、どこを狙っている」

長井は、紘一を見た。その目には、明確な意図があった。

「神崎領だ」

紘一は心臓が速く打つのを感じた。

予想していたことだが、実際に言われると、衝撃があった。

「神崎領は、小さいが、豊かだ」長井は、続けた。

「特に、最近は、農業が発展している」長井の目が、紘一を見た。

「田邊、お前の指導のおかげでな」

「それを、奪おうというのですか」紘一は冷静に尋ねた。

「奪うとは、聞こえが悪い」長井は、笑った。

「統合する、と言ってほしいな」

「結果は、同じです」

「そうだな」長井は、認めた。

「だが、それが、この時代の現実だ」

道三が口を開いた。「長井、神崎家は、わしの同盟者だ」道三の声には、警告があった。「神崎家を攻めることは、わしを敵に回すことだ」

長井は、道三を見た。「道三様、脅しですか」

「脅しではない」道三は冷静に言った。「事実だ」

長井は、少し考え込んだ。そして、口を開いた。

「では、こう考えましょう」長井は、提案した。

「私が神崎領を手に入れる。そして、その神崎領ごと、道三様の傘下に入る」

紘一はその提案に驚いた。巧妙だ。

長井は、神崎領を手に入れ、そして道三の傘下に入る。

それなら、道三も反対しにくい。

だが、道三は首を横に振った。

「それは、認められない」

「なぜですか」

「神崎家は、すでにわしの同盟者だ」道三は説明した。

「その同盟者を、お前が攻めることを、わしが認めるわけがない」

道三の声が、厳しくなった。

「それを認めれば、わしの信用が失われる」

長井は、不満そうな顔をした。

「長井」道三は続けた。

「お前が欲しいのは、領地の拡大だろう」

「その通りです」

「ならば、もっと良い方法がある」道三は提案した。

「わしの傘下に入れ。そうすれば、わしが、お前の領地拡大を支援する」

長井の目が、輝いた。

「支援、ですか」

「そうだ」道三は具体的に説明した。

「お前が、他の領地を攻める時、わしの軍が支援する」道三は続けた。

「そうすれば、お前一人で攻めるよりも、成功率が高い」

長井は、考え込んだ。

「ですが」長井は、反論した。

「道三様の傘下に入れば、私の自由が奪われます」

「自由とは、何だ」道三は問い返した。

「お前は、今、自由か」

長井は、答えられなかった。

「お前は、常に周辺の領主と争っている」道三は続けた。

「いつ攻められるか、分からない。それが、自由か」

紘一は道三の論法に感心した。前回の会合でも、同じことを言った。

そして、効果があった。

「道三様の傘下に入れば、内部の争いはなくなる」道三は続けた。

「お前は、外部の敵だけを考えればいい」

長井は、悩んでいるようだった。

その顔には、葛藤が浮かんでいた。

紘一はここが好機だと思った。長井の心が揺れている。

今、決定的な一押しをすれば、説得できるかもしれない。

「長井様」紘一が口を開いた。

長井は、紘一を見た。

「あなたの野心は、領地の拡大ですね」

「その通りだ」

「では、考えてみてください」紘一は説明し始めた。

「今、あなたが神崎領を攻めたとします。戦いに勝つかもしれません」

長井は、頷いた。

「ですが、その戦いで、多くの兵を失います」紘一は続けた。

「そして、神崎領を手に入れても、道三様と敵対することになります」

長井の顔が、曇った。

「道三様を敵に回せば、いずれ道三様の軍が攻めてきます」紘一は率直に言った。

「その時、あなたは勝てますか」

長井は、答えられなかった。

「ですが、道三様の傘下に入れば、違います」紘一は続けた。

「道三様の支援を受けて、他の領地を攻められます」紘一の声が、説得力を持ち始めた。

「例えば、南の領地。東の領地。そちらの方が、神崎領よりも豊かです」

長井の目が、輝いた。「南の領地……」

「はい」紘一は頷いた。

「道三様の支援があれば、それらの領地を手に入れられます」紘一は続けた。

「神崎領よりも、ずっと大きな利益が得られます」

長井は、考え込んだ。計算している。どちらが、より利益があるか。

やがて、長井が口を開いた。

「分かった」長井の声は、決意に満ちていた。

「道三様の傘下に入ろう」

道三は満足そうに頷いた。「よい判断だ」

「ですが、条件があります」長井は、続けた。

「何だ」

「一年以内に、南の領地を攻める機会を与えてほしい」長井は、要求した。

「そして、その時、道三様の軍事支援を約束してほしい」

道三は少し考えてから、頷いた。「分かった。約束しよう」

長井は、深く頭を下げた。「ありがとうございます」

こうして、長井道利は、道三の傘下に入ることになった。

そして、神崎家への脅威は、取り除かれた。


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