十、東方会合—三者三様の駆け引き
翌朝、会合が始まった。
場所は、稲葉山城の大広間だった。広い部屋に、立派な畳が敷かれている。壁には、美しい屏風が立てられ、天井からは灯籠が吊るされている。
道三は上座に座っていた。その隣には、稲葉一鉄が座っている。
そして、下座には、東の三人の領主が座っていた。
遠藤慶隆—五十歳ほどの、穏やかな顔をした男。
安藤守就—四十歳ほどの、鋭い目をした男。
氏家卜全—六十歳ほどの、知的な顔をした男。
紘一は道三の少し後ろに座っていた。神崎家の代表として。
「皆、よく来てくれた」道三が口を開いた。その声は、低く、力強かった。「今日は、美濃の未来について、話をしたい」
三人の領主は、黙って聞いていた。
「美濃は、長年、争いが続いている」道三は続けた。「領主同士が争い、領民が苦しんでいる」道三の目が、鋭くなった。「この状況を、終わらせなければならない」
「道三様」遠藤が、口を開いた。その声は、慎重だった。「我らも、争いを終わらせたいと思っています。ですが、どのようにすれば良いのでしょうか」
「答えは、簡単だ」道三は断言した。「美濃を統一する。一つの強い力の下に、すべての領主が集まる」
三人の領主の顔が、曇った。統一。それは、自分たちの独立を失うことを意味する。
「ですが、道三様」安藤が、反論した。「統一すれば、我らの自由が奪われます」
「自由とは、何だ」道三は問い返した。「今、お前たちは自由か。常に周辺の領主と争い、いつ攻められるか分からない。それが、自由か」
安藤は、答えられなかった。
「真の自由とは、安全の上に成り立つ」道三は続けた。「統一された美濃では、内部の争いはなくなる。領主同士が争う必要がなくなる」道三の声が、力強くなった。「それが、真の自由だ」
氏家が、口を開いた。「道三様の言われることは、理解できます」その声は、冷静だった。「ですが、統一の下で、我らの領地はどうなるのですか。道三様の支配下に入るのですか」
「支配ではない」道三は首を横に振った。「同盟だ」
「同盟、ですか」
「そうだ」道三は説明した。「お前たちは、自分の領地を治め続ける。内政も、経済も、すべてお前たちの自由だ」道三は続けた。「ただし、軍事と外交については、わしと協力する」
三人の領主は、顔を見合わせた。
「具体的には、どういうことですか」遠藤が、尋ねた。
道三は紘一を見た。「田邊、説明してくれ」
紘一は立ち上がった。そして、三人の領主の前に進み出た。
「皆様」紘一は落ち着いた声で話し始めた。「道三様の提案は、こういうことです」
紘一は一つ一つ説明した。
「まず、内政については、各領主が完全な自治を持ちます」紘一は続けた。「年貢の取り方、領民の扱い方、すべて各領主の判断です」
三人の領主は、少し安心した顔をした。
「経済についても、同様です」紘一は続けた。「交易、商業、すべて各領主の自由です」
「では、何を道三様と協力するのですか」安藤が、尋ねた。
「軍事です」紘一は答えた。「もし、外部の敵が美濃を攻めてきた場合、すべての領主が協力して戦います」紘一は続けた。「そして、道三様が、その軍を統率します」
「外交については」氏家が、尋ねた。
「外交も、道三様が統括します」紘一は答えた。「他国との交渉、同盟、すべて道三様が行います」紘一は続けた。「ですが、各領主の利益は、必ず考慮されます」
三人の領主は、考え込んだ。
「それで、我らに何の利益があるのですか」安藤が、率直に聞いた。
紘一はこの質問を待っていた。
「安藤様」紘一は安藤を見た。「あなたは、領地の拡大を望んでおられると聞きました」
安藤は、驚いた顔をした。「なぜ、それを」
「道三様は、すべてを知っておられます」紘一は続けた。「そして、道三様は、あなたの野心を否定しません」
「では……」
「道三様の傘下に入れば、他の領地を攻める時、道三様の軍事支援を受けられます」紘一は具体的に説明した。「例えば、あなたが西の領主を攻めたいとします。その時、道三様の軍が、支援します」
安藤の目が、輝いた。「本当ですか」
「はい」紘一は頷いた。「ただし、条件があります。その攻撃が、美濃全体の利益になること。そして、道三様の許可を得ること」
安藤は、考え込んだ。だが、その顔には、興味が浮かんでいた。
次に、紘一は遠藤を見た。
「遠藤様」紘一は言った。「あなたは、安定を望んでおられると聞きました」
遠藤は、頷いた。「はい。私は、ただ平和に領地を治めたいだけです」
「ならば、道三様の傘下に入ることは、あなたにとって最良の選択です」紘一は説明した。「道三様の傘下に入れば、他の領主があなたを攻めることはなくなります」紘一は続けた。「道三様が、あなたを守ります」
「本当に、守ってくれるのですか」遠藤の声には、不安があった。
「はい」紘一は断言した。「道三様は、同盟者を裏切りません」紘一は続けた。「それは、道三様の評判にも関わります。同盟者を守らなければ、誰も道三様を信用しなくなります」
遠藤は、納得したように頷いた。
最後に、紘一は氏家を見た。
氏家が、最も難しい相手だった。
「氏家様」紘一は慎重に言葉を選んだ。「あなたは、独立を望んでおられると聞きました」
氏家は、じっと紘一を見た。その目は、鋭かった。
「独立とは、何でしょうか」紘一は問いかけた。「誰にも従わないことでしょうか」
「そうだ」氏家は、答えた。
「ですが、完全な独立など、この時代には存在しません」紘一は率直に言った。「小さな領主は、必ず大きな大名の影響下に入ります。それが、現実です」
氏家の顔が、険しくなった。
「ですが」紘一は続けた。「形式的な独立を保ちながら、実質的には協力関係を築く。それは、可能です」
「どういうことだ」
「氏家様は、道三様の『家臣』にはなりません」紘一は明確に言った。「氏家様は、道三様の『同盟者』です」
氏家の目が、わずかに広がった。
「同盟者として、対等な関係を保ちます」紘一は続けた。「ただし、軍事と外交については、協力します」紘一は説明した。「それは、氏家様の利益にもなります」
「どう利益になるのだ」
「美濃が統一されれば、外部の敵に対して強くなります」紘一は答えた。「氏家様の領地も、より安全になります」紘一は続けた。「そして、美濃全体が豊かになれば、交易も盛んになります。氏家様の経済も、発展します」
氏家は、長い間、沈黙していた。その目は、紘一を見つめている。何かを測っているようだった。
やがて、氏家が口を開いた。
「田邊殿、あなたは、優れた交渉者だ」氏家の声には、賞賛があった。「だが、一つ聞きたい」
「何でしょうか」
「道三様は、本当に信用できるのか」氏家の目が、鋭くなった。「約束を守るのか」
紘一はこの質問も予想していた。
「道三様は、策略家です」紘一は正直に答えた。「ですが、だからこそ、約束を守ります」
「なぜだ」
「約束を破れば、信用を失います」紘一は説明した。「信用を失えば、誰も道三様についてきません」紘一は続けた。「道三様は、美濃を統一しようとしています。そのためには、多くの領主の協力が必要です」
紘一は道三を見た。道三は黙って聞いている。
「だから、道三様は、約束を守ります」紘一は断言した。「それが、道三様の利益になるからです」
氏家は、深く頷いた。「なるほど。理に適っている」
道三が口を開いた。「氏家、田邊の言う通りだ」道三の声は、真剣だった。「わしは、約束を守る。それが、わしの信念だ」
会議室に、沈黙が流れた。
三人の領主は、それぞれ考え込んでいた。
やがて、遠藤が口を開いた。
「私は、道三様の提案を受け入れます」遠藤の声は、決意に満ちていた。「安定が欲しい。それが、私の願いです」
道三は満足そうに頷いた。
次に、安藤が口を開いた。
「私も、受け入れる」安藤の声には、興奮があった。「領地を拡大するチャンスだ」
道三はまた頷いた。
最後に、氏家が口を開いた。
「私も……受け入れよう」氏家の声は、慎重だった。「ただし、条件がある」
「何だ」道三が尋ねた。
「同盟者としての地位を、文書で明記してほしい」氏家は、要求した。「私は、家臣ではない。対等な同盟者だ。それを、明確にしてほしい」
道三は少し考えてから、頷いた。「分かった。文書にする」
氏家は、満足そうに頷いた。
「では、決まりだ」道三は立ち上がった。「今日から、我らは同盟者だ。共に、美濃を守り、発展させよう」
三人の領主も、立ち上がった。そして、道三に頭を下げた。
会合は、成功に終わった。




