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一、春の訪れ—田植えの季節と新しい挑戦

春が本格的に訪れた。

三月も半ばを過ぎると、気温が上がり、日差しが強くなってきた。雪解け水が川を満たし、田んぼに引き込まれていく。農民たちは、田植えの準備を始めた。

紘一は朝早くから村を訪れていた。今年は、間断灌漑を本格的に広める年だった。去年、太郎の田んぼで成功を収めた。その成果を見て、多くの農民が今年から採用することを決めていた。

村の広場には、三十人ほどの農民が集まっていた。皆、真剣な顔で紘一を見ている。今年の収穫が彼らの生活を左右する。失敗は許されない。

「皆さん、お集まりいただき、ありがとうございます」紘一は農民たちの前に立った。「今日は、間断灌漑の詳しいやり方をもう一度説明します」

農民たちは、頷いた。

「まず、基本的な考え方です」紘一は地面に棒で図を描き始めた。「普通の稲作では、田んぼに常に水を張ります。ですが、間断灌漑では時々水を抜きます」

「田邊様」一人の農民が、手を挙げた。名を次郎という、四十代の男だった。「水を抜いたら、稲が枯れるんじゃないですか」

「良い質問です」紘一は頷いた。「確かに水を抜きすぎると、稲が枯れます。ですが、適切なタイミングで、適切な期間だけ抜けば逆に稲は強くなります」

紘一は図を指しながら説明した。「水を抜くと、土の中に空気が入ります。その空気が根を強くします」紘一は続けた。「根が強くなれば、栄養をもっと吸収できます。だから、稲が大きく育ちます」

農民たちは真剣に聞いていた。

「具体的なやり方です」紘一は説明を続けた。「田植えをしてから、一週間は普通に水を張ります。稲が根付くまで水が必要だからです」

農民たちは、頭の中で記憶していた。すべてを覚えなければならない。

「一週間経ったら、水を半分くらい抜きます」紘一は図に線を引いた。「そして、三日から五日、そのままにします」

「三日から五日……」農民たちは、繰り返した。

「大切なのは、土の状態を見ることです」紘一は強調した。「土の表面が乾いてきて、少しひび割れが見えたら、水を入れる合図です」

紘一は実際に土を手に取った。「こういう感じです。土が少し固まってきて、でもまだ湿り気がある。この状態になったら水を入れます」

農民たちは紘一の手元を見つめた。

「そして、この作業を繰り返します」紘一は続けた。「水を張って、一週間。水を抜いて、三日から五日。これを稲が成熟するまで続けます」

「分かりました」次郎が、言った。「ですが田邊様、一つ心配があります」

「何でしょうか」

「水を抜くタイミングを間違えたらどうなりますか」次郎の声には不安があった。

「良い質問です」紘一は真剣に答えた。「もし、水を抜きすぎたり、抜く期間が長すぎたりすれば、稲が枯れる可能性があります」紘一は続けた。「だからこそ、土の状態を毎日観察することが大切です」

「毎日……」

「はい。毎日、田んぼを見てください」紘一は強調した。「土の色、湿り気、稲の葉の色。すべてを観察してください」紘一は太郎を見た。「太郎さん、去年、どうでしたか」

太郎が前に出た。「はい。俺、毎日、田んぼを見ました」太郎の声は、自信に満ちていた。「朝と夕方、必ず田んぼに行きました。そして、土の状態を確認しました」

太郎は他の農民たちを見回した。「最初は不安でした。でも、田邊様の言う通りにしたら、本当に稲が元気になりました」太郎の目が輝いた。「収穫は、去年の倍になりました」

農民たちは、ざわめいた。倍。その言葉が彼らの心を動かした。

「だから、皆さんも、大丈夫です」太郎は励ました。「田邊様の指導に従えば、必ず成功します」

農民たちの顔が明るくなった。太郎の成功が彼らに勇気を与えた。

「では、実際に太郎さんの田んぼでやってみましょう」紘一は言った。

一行は、太郎の田んぼへ移動した。

田んぼにはすでに水が張られていた。去年の成功の場所。ここから新しい挑戦が始まる。

紘一は田んぼに入った。足が、泥に沈む。冷たく、柔らかい感触。懐かしい感覚だった。

「まず、水の量を確認します」紘一は説明した。「水が稲の根元まで来ているか。多すぎないか、少なすぎないか」

農民たちは、じっと見ていた。

「そして、土の状態を確認します」紘一は手で土をすくった。「湿り気、固さ、色。すべてを見ます」

紘一は一つ一つの動作を、丁寧に説明した。農民たちも、メモを取るわけにはいかないので、目に焼き付けている。

一時間ほどの実演の後、農民たちは満足そうな顔をした。

「田邊様、よく分かりました」次郎が言った。

「では、皆さん、今年は間断灌漑に挑戦してください」紘一は励ました。「困ったことがあればいつでも聞いてください」

「はい!」農民たちは力強く答えた。

その日の午後、紘一は一人で太郎の田んぼの近くを歩いていた。

春の田んぼは、美しかった。水面が空を映している。青い空と白い雲が、水面に映り込んでいる。風が吹くと、水面がさざ波立つ。その光景はまるで絵画のようだった。

紘一はその美しさに見とれていた。そして、ふと思った。

「この光景を、描いたら……」

紘一は新しい能力のことを思い出した。描いたものが現実になる。あの能力をどう活用できるか。

まだ、完全には理解していない。リンゴと桜の花びらを出現させただけだ。もっと大きなもの複雑なものはどうなるのか。

紘一は試してみたい誘惑に駆られた。だが、同時に、慎重でなければならないとも思った。この能力が知られれば危険だ。

「もう少し、様子を見よう」紘一は決めた。

だが、心の片隅では、この能力が人々を助けるために使えるのではないかという期待もあった。


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