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三十五、冬の終わり—春への希望と新たな決意

二月の終わり、冬が終わろうとしていた。

雪は、ほとんど溶けた。地面が、顔を出し始めている。木々の枝には、わずかに新芽が見える。春が、近づいている。

紘一は、村を歩いていた。冬を越え、領民たちがどのように過ごしているか、確認するためだった。

太郎の家を訪ねると、太郎は畑で作業をしていた。冬の間、休んでいた田んぼを、春の田植えに向けて準備している。

「田邊様、こんにちは」太郎は、笑顔で挨拶した。

「太郎さん、準備は順調ですか」

「はい。今年も、間断灌漑をやります」太郎の声は、自信に満ちていた。「去年の成功で、他の農民たちも、やる気になっています」

紘一は、周囲を見回した。確かに、他の農民たちも、畑で作業をしている。その顔には、希望があった。去年の収穫増加が、彼らに希望を与えたのだ。

源蔵の家も訪ねた。源蔵は、完全に回復していた。杖をついているが、歩けるようになっている。

「田邊様、お久しぶりです」源蔵は、嬉しそうに言った。

「源蔵さん、すっかり元気になられましたね」

「はい。おかげさまで」源蔵は、微笑んだ。「もう少しで、また畑仕事ができそうです」

「無理はしないでくださいね」

「分かっております」

紘一は、村を一通り回った後、寺子屋に向かった。

寺子屋では、広信が子供たちに字を教えていた。紘一が戦場に行っている間、広信が一人で寺子屋を続けてくれていた。

「二、という字は、横線を二本書きます」広信の声は、優しかった。「一本目より、二本目の方が長いです」

子供たちは、真剣に筆を動かしている。その姿を見て、紘一は微笑んだ。

「広信様、お疲れ様です」紘一は、声をかけた。

「あ、田邊さん」広信は、嬉しそうに振り返った。「お帰りなさい」

授業が終わると、二人は外で話をした。

「広信様、一人で寺子屋を続けてくださって、ありがとうございます」

「いえ、当然のことです」広信は、首を横に振った。「田邊さんが戦場に行っている間、俺が領地を守る。約束でしたから」

紘一は、広信の成長を改めて感じた。この若者は、確実に領主としての資質を身につけている。

「田邊さん」広信が、口を開いた。「戦場のこと、辛かったですよね」

紘一は、少し驚いた。広信は、気づいていたのだ。

「ああ。正直、辛かった」紘一は、正直に答えた。「今でも、時々、悪夢を見る」

「そうですか……」広信は、悲しそうな顔をした。

「だが、乗り越えつつある」紘一は、続けた。「仲間と話すことで、少しずつ、心が軽くなっている」

「良かった」広信は、微笑んだ。

二人は、しばらく黙って、村を見渡した。

「田邊さん」広信が、また口を開いた。「俺、思うんです」

「何を」

「この領地を、もっと良くしたいって」広信の声には、決意があった。「戦いのない、平和な領地に」

紘一は、広信の言葉に、希望を感じた。「ああ。必ず、そうしよう」

「はい」

その日の夕方、紘一は広綱に呼ばれた。

広綱の部屋に入ると、広綱は窓際に立っていた。夕日が、部屋を赤く染めている。

「田邊、座ってくれ」

紘一は、座った。

広綱は、振り返った。「田邊、お前に、話がある」

「何でしょうか」

「お前の働きで、神崎家は大きく発展した」広綱の声には、感謝が込められていた。「松永を破り、領地を広げた。農業を改善し、収穫を増やした。小山領を臣従させ、斎藤家との関係を強化した。そして、戦場でも活躍した」

紘一は、黙って聞いていた。

「だが、お前に、大きな負担をかけてしまった」広綱の声が、暗くなった。「戦場で、五名の兵を失った。その苦しみを、お前に背負わせてしまった」

「いえ、それは……」

「田邊」広綱は、紘一を見た。「お前は、もう十分に働いた。これからは、少し休んでもいい」

紘一は、広綱の配慮を感じた。

「ありがとうございます」紘一は、頭を下げた。「ですが、まだやるべきことがあります」

「やるべきこと?」

「はい」紘一は、真剣に言った。「この領地を、もっと良くしたいのです。戦いのない、平和な領地に」紘一の声には、決意が込められていた。「そのために、まだできることがあります」

広綱は、しばらく紘一を見つめていた。そして、微笑んだ。「そうか。ならば、わしも協力しよう」

「ありがとうございます」

「だが、無理はするな」広綱は、警告した。「お前が倒れたら、神崎家も困る」

「はい。気をつけます」

その夜、紘一は部屋で、今後の計画を立てていた。

春になれば、農業が本格化する。間断灌漑を、さらに広める。寺子屋も、続ける。医療と衛生の改善も進める。

そして、新しい能力—描いたものが現実になる能力—をどう活用するか、慎重に考える。

紘一は、紙に、様々なアイデアを書き出した。農具を描いて現実化する。薬草を描いて現実化する。様々な可能性があった。

だが、慎重に使わなければならない。この能力が知られれば、危険だ。

「少しずつ、試していこう」紘一は、決めた。

窓の外を見ると、月が出ていた。三日月。細く、美しい月だった。

「春が来る」紘一は、呟いた。「新しい季節が、始まる」

そして、紘一にとっても、新しい段階が始まろうとしていた。戦いを経験し、苦しみを知り、そして新しい能力を発見した。

これらすべてを活かして、紘一は、この領地を、そしてこの時代を、より良いものにしていく。

その決意を胸に、紘一は、春を待った。


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