三十四、新たな発見—絵の具現化能力への気づき
ある日の午後、紘一は一人、部屋で休んでいた。
戦場から戻って二週間が経ち、少しずつ日常を取り戻しつつあった。だが、まだ完全ではない。時折、悪夢を見る。時折、フラッシュバックに襲われる。
だが、今日は、比較的穏やかな日だった。紘一は、気分転換に、絵を描くことにした。
現代にいた頃、紘一は美術教師だった。絵を描くことが、仕事であり、趣味でもあった。だが、この時代に来てから、ほとんど絵を描いていなかった。戦い、外交、農業、教育。様々なことに追われて、絵を描く時間がなかった。
紘一は、筆と墨を取り出した。紙を広げる。そして、何を描こうか考えた。
心を落ち着かせるために、何か美しいものを描きたい。戦場の記憶を忘れるために、平和な光景を描きたい。
紘一は、思い浮かべた。現代の日本。平和な風景。公園で遊ぶ子供たち。桜の木の下でピクニックをする家族。そんな光景を。
筆を動かし始めた。墨が、紙の上を滑る。線が、形を成していく。木々、人々、空。一つ一つ、丁寧に描いていく。
絵を描いている間、紘一の心は、穏やかだった。戦場の記憶が、遠のいていく。ただ、筆を動かすことに集中する。その行為自体が、癒しになった。
一時間ほどかけて、絵が完成した。
紙の上には、美しい公園の風景が描かれていた。桜の木、ベンチ、遊ぶ子供たち。現代日本の、平和な光景だった。
紘一は、その絵を見て、満足した。「久しぶりに、絵を描いた」
その時、不思議なことが起こった。
絵の中の桜の花びらが、わずかに動いたように見えた。
「え?」紘一は、目を疑った。
もう一度、よく見る。だが、今度は動かない。気のせいだったのだろうか。
紘一は、絵を机の上に置いた。そして、窓の外を見た。
その瞬間、部屋の中に、何かが現れた。
紘一は、驚いて振り返った。
机の上、絵の隣に、一枚の桜の花びらが落ちていた。
本物の、桜の花びらだった。
紘一は、息を呑んだ。「これは……」
手に取ってみる。確かに、本物の花びらだった。柔らかく、薄く、美しいピンク色。そして、わずかに桜の香りがする。
だが、この部屋に、桜の木などない。屋敷の周りにも、桜の木はない。この時代、桜はあるが、今は冬だ。桜が咲く季節ではない。
「どこから来たんだ……」
紘一は、絵を見た。そして、はっとした。
絵の中の桜の木。そこから、花びらが一枚、なくなっているように見えた。
「まさか……」
紘一は、試してみることにした。
新しい紙を取り出し、筆を持つ。そして、簡単なものを描いてみることにした。
リンゴ。
紘一は、丁寧にリンゴの絵を描いた。赤い色をつけたかったが、墨しかない。だから、墨だけで描いた。形、影、質感。できるだけリアルに描く。
絵が完成した。
紘一は、その絵をじっと見つめた。そして、心の中で念じた。
「現れてくれ」
何も起こらなかった。
「やはり、気のせいだったのか……」
だが、諦めずに、もう一度試してみた。今度は、もっと強く念じる。リンゴが本物になることを、心の底から願う。
その瞬間、絵が光った。
そして、机の上に、本物のリンゴが現れた。
紘一は、言葉を失った。
手に取ってみる。確かに、本物のリンゴだった。重さがある。表面はつるつるしている。そして、リンゴの香りがする。
「本当に……現れた……」
紘一の手が、震えた。驚きと、同時に、恐怖もあった。これは、何なのか。なぜ、こんなことができるのか。
紘一は、リンゴを一口かじってみた。カリッという音。甘酸っぱい味が、口の中に広がる。確かに、本物のリンゴだった。
「これも、能力なのか……」
紘一は、この時代に来てから、様々な能力を得ていた。言語能力、戦術知識、農業知識。すべてが、必要な時に、自然に湧いてきた。
だが、これは違う。描いたものが、現実になる。それは、あまりにも超常的な能力だった。
紘一は、考えた。この能力を、どう使えばいいのか。
食料を生み出せるかもしれない。武器を生み出せるかもしれない。様々なものを生み出せるかもしれない。
だが、同時に、危険でもあった。この能力が知られれば、紘一は利用される。あるいは、恐れられる。最悪の場合、命を狙われるかもしれない。
「誰にも、言ってはいけない」紘一は、決めた。
この能力は、秘密にする。信頼できる人にだけ、いつか話すかもしれない。だが、今は、秘密にする。
紘一は、リンゴと桜の花びらを、隠した。そして、絵も、丁寧に仕舞った。
だが、心の中では、興奮していた。この能力があれば、できることが増える。人々を助けることが、もっとできる。
「この力を、正しく使おう」紘一は、誓った。「人々のために、平和のために」




