安息の村 × 映し出された変貌
35歳の社畜が、名刺管理スキルを武器に異世界へ。
名刺から魔法・アイテム・キャラまで顕現できる《Card Registry》を手に、
世界の構造崩壊に立ち向かう物語です。
地味な名刺管理が、異世界では最強のチートになる。
そんな“構造×異世界ファンタジー”を楽しんでいただければ嬉しいです。
リリアに肩を貸されるようにして歩き出した。
気が動転していたせいで、彼女が差し出した手をそのまま握ってしまったらしい。
温かい。
細い。
柔らかい。
(……あれ……?
俺、今……手、つないでる……?)
だが、魔物から逃げた直後で頭が回らず、
そのまま数分ほど歩いてしまった。
草原の向こうに木の柵が見え始めた頃、
ようやく呼吸が落ち着いてくる。
そして——
自分の右手に伝わる感触を、はっきりと意識した。
(……ちょ、ちょっと待て……
俺、こんな美少女と……手……つないで……)
心臓が跳ねた。
「っ……!」
反射的に手を放してしまう。
リリアが驚いたように振り返った。
「あ……すみません……!
その……助けてもらって……気が動転してて……」
自分でも何を言っているのか分からない。
顔が熱い。
だがリリアは、ふわりと微笑んだ。
「大丈夫ですよ。
歩けるなら、もう手は必要ありませんね」
その優しさが逆に恥ずかしい。
「村はすぐそこです。
もう少しだけ頑張りましょう」
俺は小さくうなずき、彼女の後を追った。
木の柵と石造りの門が近づいてくる。
門の前には槍を持った男が立っていた。
「おお、リリアか。戻ったのか」
「はい。ちょっと魔物が出たので……」
男は俺を見て、目を丸くした。
「……そいつは?
なんだその黒い服……?
見たこともない格好だな」
(……黒い服……?
あ、これ……スーツか……
そうだ、俺……仕事帰りだった……
なんで今まで気づかなかったんだ……)
ようやく自分が“異世界にスーツ姿でいる”という異常さを理解した。
「道で倒れていたんです。怪我はなさそうでしたけど」
「ふむ……旅人にしては変わった格好だな。
村長のところへ連れていくといい」
リリアに案内され、村の中心へ向かう。
木造の家が並び、人々が行き交い、子どもたちが走り回っていた。
その中で、スーツ姿の俺は完全に浮いていた。
(……本当に異世界なんだな……
生活感が……現実と違いすぎる……)
やがて、村の中心にある大きな家に着いた。
「村長さんの家です。事情を話しておきますね」
中に入ると、白髪の老人が椅子に座っていた。
落ち着いた目をした、威厳のある老人だ。
「リリアか。無事で何よりじゃ」
「はい。この方を保護しました」
老人は俺をじっと見たあと、ゆっくりと名乗った。
「わしはエルド村の村長、ガルド・エルドランじゃ。
まずは……そなたの名を聞いてもよいか?」
「……エリック。
エリック=ハーバントです」
ガルド村長は軽くうなずき、問いを重ねた。
「エリックよ。
どこから来た? その黒い服は見たことがない。
旅人にしては荷物も持っておらんようじゃが……」
(……そりゃそうだよな……
スーツで異世界に来たなんて言えない……)
「……気づいたら草原に倒れていて……
正直、よく覚えていません」
ガルド村長は眉をひそめた。
「記憶が曖昧……か。
では、行く当てはあるのか?
誰かを訪ねて来たのか?」
「……いえ。
どこに向かうつもりだったのかも……分かりません」
老人はしばらく俺を観察した。
疑っているというより、
“混乱している人間をどう扱うか”を考えている目だった。
リリアが補足する。
「魔物に襲われていました。
怪我はありませんでしたが……
衰弱しているようでした」
ガルド村長は深く息をついた。
「ふむ……嘘をついている様子ではないな。
事情は複雑そうじゃが……
今は追及しても仕方あるまい」
そして、少し柔らかい声で続けた。
「ちょうど離れの部屋が空いておってな。
二、三日なら滞在してよい。
その間に、そなた自身の状況を整理するがよい」
(……助かった……
行く当てもないし……
スーツで野宿とか絶対無理だし……)
「ありがとうございます。本当に……」
「礼はいらん。
ただし、村の規律は守るのじゃぞ。
何かあればリリアに相談するとよい」
リリアが小さくうなずいた。
「私もできる限りお手伝いします」
その言葉が妙に温かかった。
案内された離れの部屋に入り、
スーツのまま床に座り込む。
(……落ち着いた……
でも、さっきの現象ってなんだったんだ……)
草原で倒れていたとき、
確かに“何か”が見えた。
透明な立体パネルのようなものが、
俺の目の前に浮かんでいた。
ふと、左手に違和感を覚えた。
手の甲に視線を落とす。
「……え?」
そこには、見覚えのありすぎるマークが刻まれていた。
——名刺管理アプリのアイコン。
現実世界で毎日使っていた、
あのアプリのロゴが、
まるで焼き印のように皮膚へ刻まれている。
(なんで……こんなところに……?
てか、これ……どう見てもアプリの……)
恐る恐る、右手をその刻印へとかざす。
「……カードレジスタリー」
小さくつぶやいた瞬間——
空気が震えた。
左手の甲が淡く光り、
その光が空中へ走るように広がっていく。
次の瞬間、
透明な立体パネルが“音もなく”浮かび上がった。
《転生者ログインモード:起動中》
Magic。
Item。
Summon。
名刺にランク。
レア度。
変換魔法。
(……俺は……本当に転生したのか……?
このアプリは……何なんだ……?)
しばらく画面を見つめ続けたあと、
頭を振って立ち上がる。
(……ダメだ。
一回、顔洗って落ち着こう……)
部屋の隅にあった水桶で顔を洗う。
冷たい水が気持ちいい。
ふと、壁に掛けられた金属の鏡が目に入った。
何気なく覗き込んだ瞬間——
息が止まった。
「……は?」
鏡の中の男は、俺じゃなかった。
いや、俺なんだけど……
俺じゃない。
身長が……高い。
165センチだったはずなのに、
どう見ても180センチ近くある。
顔も——
普通レベルだったはずが、
そこそこ整った“イケメン”になっていた。
「……いやいやいやいや……
誰だよこれ……!」
鏡の中の“新しい俺”が、
信じられないというように目を見開いていた。
(……転生って……
こういうことなのか……?)
胸の奥がざわつき、
現実感がさらに遠のいていく。
その時——
コン、コン。
静かな離れに、
扉を叩く小さな音が響いた。
読んでいただき、ありがとうございます。
名刺スキルが異世界でどう広がっていくのか、楽しんでもらえたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。




