プロローグ
35歳の社畜が、名刺管理スキルを武器に異世界へ。
名刺から魔法・アイテム・キャラまで顕現できる《Card Registry》を手に、
世界の構造崩壊に立ち向かう物語です。
地味な名刺管理が、異世界では最強のチートになる。
そんな“構造×異世界ファンタジー”を楽しんでいただければ嬉しいです。
世界は、静かに壊れつつあった。
空は裂け、光と闇が混ざり合い、地上では十種族が互いを憎み、争い続けている。
天界と冥界の境界は揺らぎ、世界そのものが悲鳴を上げていた。
そんな混沌の中に、
“空でも地でもない場所”があった。
上下の感覚が曖昧で、星のような光が漂い、
足元には何もないのに、落ちる気配すらない。
まるで、宇宙と夢の狭間。
その中心に、一人の女性が立っていた。
白銀の髪は風もないのに揺れ、
瞳は星のように輝き、
衣は光そのものが形を成したように見える。
創造神アストレア。
「……このままじゃ滅ぶわね。でも、まだ終わらせない」
彼女は静かに目を閉じ、遠い別世界へと意識を伸ばした。
「この世界の内部だけでは、もう均衡を取り戻せない。外部の魂……“異質な思考”を持つ者が必要」
光が一点に収束し、アストレアは小さく微笑む。
「……見つけた。あなたの魂は、この世界にない法則を宿している」
その声は、風に溶けて消えた。
俺の名前は佐藤翔。35歳。
大手総合商社の“顧客情報管理部門”で働く、ただの社畜だ。
華やかな部署とは無縁。
営業でも企画でもない。
ひたすら顧客企業の名刺を整理し、部署ごとの関係性をまとめ、
顧客組織の構造図を作って、各部署に展開する——そんな地味な仕事。
「名刺管理なんて誰でもできる」
「お前の仕事は成果が見えない」
「細かいこと気にしすぎ」
そんな言葉を浴び続けてきた。
でも俺は、名刺を見るとつい考えてしまう。
(この役職なら決裁権はここまで……
この部署はあの本部の下……
この人、前は別の会社にいたよな……
このラインは実質この人が握ってる……)
名刺一枚から“顧客企業の内部構造”を読み解く癖がついていた。
営業からは「気持ち悪いほど詳しい」と言われ、
上司からは「そんな分析いらない」と切り捨てられた。
だから俺は、自分の能力なんて大したことないと思っていた。
終電を逃した帰り道だった。
雨は降っていないのに、アスファルトは妙に湿って見えた。
街灯の光が滲んで見えるのは、疲れすぎて目が霞んでいるせいだろう。
「……今日も、終わったな」
ふらつく足取りで横断歩道に差しかかったとき、スマホが震えた。
上司からのメッセージ。
《明日の資料、朝イチで頼む》
「……はぁ……」
ため息をついて画面を見た、その瞬間だった。
――キィィィッ!!
耳をつんざくブレーキ音。
視界の端で、トラックのヘッドライトが異様に近い。
(あ……やば……)
身体が動かない。
避けようとしたのに、足が地面に縫い付けられたみたいに動かない。
光が迫る。
(あ……俺……死ぬのか……?)
最後に思ったのは、
仕事のことでも、人生のことでもなく。
(……資料、間に合わなかったな……)
情けないほど社畜らしい後悔だった。
世界がふっと暗転した。
気がつくと、真っ暗な空間に浮かんでいた。
身体の感覚がない。
足元もない。
息をしているのかもわからない。
「……夢か? いや、夢にしては……」
目の前に、白銀の髪の女神のような存在が立っていた。
「やっと会えたわ、翔」
「……は?」
「私は創造神アストレア。この世界と、あなたの世界を創った存在よ」
「いやいやいやいやいや。創造神アストレア? そんなわけ……」
アストレアは静かに続けた。
「あなたは、事故で命を落とした。でも……私はあなたを“選んだ”」
「選んだ……? なんで俺なんか……?」
アストレアは、星のような瞳で俺を見つめた。
「この世界は今、崩壊の危機にあるの。
十種族の争い、魔王の復活、天界と冥界の歪み……
世界の“構造”そのものが壊れかけている」
「……じゃあ、あんたが直せばいいだろ……創造神なんだろ……?」
俺の言葉に、アストレアは静かに首を振った。
「できないのよ、翔」
「……は?」
「私は“世界の外側”の存在。創造神の力は、この世界にとって強すぎる。直接干渉すれば——」
アストレアが指先を軽く動かすと、
空間がビリッと震え、星の光が乱れた。
「……世界そのものが耐えられず、崩壊してしまう」
「……そんな……」
「それに、今の世界は“情報の秩序”が壊れている。私の力は秩序を前提としているから、
混乱した世界に触れれば、逆にノイズとなって破壊を加速させてしまう」
「……じゃあ……どうすんだよ……」
「だからこそ、外部世界の“異質な魂”が必要なの」
アストレアは俺の胸に手を当てた。
「あなたの魂は、“情報を階層化し、構造として理解する”特性を持っている。
あなたの世界では評価されなかったけれど……
この世界では、それが“唯一の鍵”になる」
「俺の……特性……?」
「あなたは名刺一枚から、顧客企業の内部構造、権限、役職の関係性を読み解いていた。
それは、この世界の誰も持たない能力よ」
「いやいやいや……そんな大したもんじゃ……」
「いいえ。あなたの魂は“情報を形に変える”力を持っている。だから——」
アストレアは手をかざし、光を生み出した。
「あなた専用のスキルが生まれた。
《Card Registry》名刺という“情報の塊”を、魔法・道具・存在へと変換する力」
「《Card Registry》!? いやいやいや、意味わからん!!」
アストレアは優しく微笑んだ。
「私は直接手を出せない。でも、あなたなら世界の内部から“構造”を修復できる」
「……俺が……世界を……?」
「ええ。あなたの力で、この世界を揺らして」
光が包み、俺の意識は途切れた。
読んでいただき、ありがとうございます。
名刺スキルが異世界でどう広がっていくのか、楽しんでもらえたら嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。




