表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/24

十二(第十九話)



 窓に張り付くクゥルバに卒倒し、リュサール鳥を食べた、その翌朝のことだ。


 ナユタナは、蜜酒と交換した魔物の核を手にしていた。

 夜のうちにそれを二つ、庭の薬草を使って無薫魔石(むくんませき)へと作り変えた。


 一つは寝台の下に置かれた夜壺の飾り蓋に嵌め込んだ。

 夜壺には炭が入っていたが、蓋にも臭い消しの効果を施しておいた。


 ナユタナはあれ以来厠を使っているが、再び壺がマーヤに運ばれる日が来たならば、彼女を苦しめずに済むよう、念を入れておいた。


 ユトロの寝室から自分の部屋へ戻り、リーナの治療を済ませたあと、マーヤに着替えを手伝ってもらう。

 食堂にナユタナの椅子が用意されたと聞き、朝餉はそこで取ることになった。

 最初の日に夕餉をとった部屋だ。



 待っていたダランの横には、初めて見る顔の少年がいた。


 背の低い、顔にそばかすのある人族の少年で、無口のコルベだとマーヤから紹介された。

 ナユタナの靴を調整したのは彼で、今日の椅子もコルベが手直ししたものだった。


「靴を私の大きさに直してくれて、感謝している。

 履き心地はとてもいい。直しの腕が良いのだな」


 ナユタナの褒め言葉に、コルベは真っ赤になり、作業帽子を握りしめて俯く。

 ダランが椅子を引くと、座面まで斜めに梯子がついていた。

 ナユタナは、よじ登ることなく椅子に上がることができた。

 座面の高さも丁度よく、食事に支障はない。


 椅子の具合を確かめたナユタナは、ダランが椅子を引く手間は無くせないかと尋ねた。

 椅子を動かす程度の些細な魔法なら使っても構わぬのでは、と思うからだ。

 森人は小さな体を補うため、日常的に魔法を使う種族だった。


「これは私めの仕事ですから、小さな方が何をされようと、なくならないのですよ」


 主人や客人の座る椅子を引くのは従者の役目なのだと言われ、ナユタナは口を尖らせる。

 魔法は使うな、ということだろう。

 であれば手伝ってもらう方が確かに楽である。


 森人のために椅子を引く竜族など、ここにしかおらぬのではなかろうか。


 ナユタナは不思議に思った。

 人族の真似をするダランは、竜族としての誇りをどこへやってしまったのだろうか。


 食事を終えたナユタナは、秘密の商談があると、ダランへ耳打ちした。



 △ ☽ △



 マーヤを廊下で待たせ、ナユタナはダランの執務室へ入る。

 使用人への指示や商人との連絡があるらしく、ダランはまだ戻っていない。


 ふいに、魔物の素材に触れたときと似た、かすかな気配を感じた。

 ナユタナは壁の棚を見上げた。

 執務机の後ろにあるその棚には、ペン軸や文鎮が整然と飾られていた。

 

「おお……」


 淡い覗き色の壁には、ナユタナの絵も飾られていた。

 地竜の体は赤く塗られ、背中に不格好な翼が描き足されている。

 マルナに注文した壁掛けは、ここに飾られる予定なのだろう。


「ほお、赤竜には翼があるのだな」


「コホン……それで一体、何用で?」


 いつのまにか背後に立つダランに、ナユタナはびくりとなり振り返る。

 ダランが来れば、マーヤがひと声掛けてくれるものと思っていたのだ。


「……う、うむ。取引をしたいのだ」


 ナユタナは持ってきたトルナ酒と魔石を背伸びして机に並べる。

 器を用意させ、そこへトルナ酒を垂らしてもらった。


「酒を二本くれたなら、一本をそのようにして返そうと思うのだが、どうだ?」


 ダランは香りを確かめ、どこか困ったように頷いた。


「取引などと仰らずとも、一、二本程度であれば毎日ご用意致しましょう」

「そうではない。私も自分にできる仕事をしたいのだ」


 一本もらうために、もう一本を森人の酒に変えて返すのだと説明すると、ダランはトルナ酒の陶瓶を眺め、喉を鳴らした。


「ダランは酒が飲めんのか?」

「昼間は飲まないようにしているのです。

 少々酒癖が悪いもので」


 いつの間にか出ている赤い尻尾が左右に揺れている。

 今すぐにでも飲みたい、と言っているようだった。


「承知しました。

 ナユタナ様がそうなさりたいのであれば、そのように致しましょう。

 して、こちらは……?」


 魔石を手に取ったダランは目を細めた。


「それはだな──」



 廊下で待っていたマーヤが大きな欠伸をしたところで、執務室の扉が開き、ナユタナがとぼとぼと出てくる。

 放心したような顔で歩くナユタナに、マーヤはたじろいだ。


「ナユタナ様……お話しは終わったのですか?」


 慎重に問うと、ナユタナはぱっと顔を上げ、目を輝かせて笑顔で頷いた。

 その表情を見て、マーヤは胸をなで下ろした。



 そのまま二階へ戻ると、部屋の前ではコルベがうろうろしていた。

 足元には道具箱が置かれている。

 階段を上ってきたマーヤとナユタナは、それに気付いて声を掛けた。


 コルベは黙ってもじもじとしていたが、ナユタナの家具を直すために来たようだった。

 マーヤがそのように解釈して伝えた。


 コルベを部屋に入れ、ナユタナは寝台へ向かい、リーナの調子を伺う。

 リーナの傍にはドロナがおり、視力の記録をしていた。

 リーナはすっかり元気になっており、コルベは少女と視線が合うことに驚いている。


「お姉ちゃん、あの子はだれ?」

「コルベさんよ。リーナに机を作ってくれたでしょう」


 リーナは屋敷の住人を声や輪郭で判断していたため、作業部屋の外にほとんど出ず、言葉を発さないコルベが誰なのか分からなかった。


 コルベは椅子の陰に屈み、寸法を測って小さな帳面に書き留める。

 ナユタナは彼の使っている木炭筆に興味を示した。

 炭の棒に布を巻き、先を削って使う筆記具だ。


「よいものを使っているな。

 私もそれを使いたいのだが、予備があれば、カルヴァン鳥の羽と交換してくれないだろうか?」


 ナユタナは、ユトロが贈ってくれたカルヴァン鳥の羽を袋から取り出す。

 鮮やかな色合いのため、大切にしていた。


「カルヴァン鳥? ナユタナ様、あたしもぜひ……!」

「リーナも交換したいです!」


 マーヤとリーナは羨ましそうに羽を見る。


「木炭筆と幸運の羽か。羽三つと交換がいいだろう」


 ドロナは装飾品の材料としての価値を見積もり、コルベは長い木炭筆を一本取り出してナユタナへ渡した。

 ナユタナは床に羽を並べ、綺麗なものを三枚選んで渡す。


 リーナは朝残した干しタリカのパンを出し、マーヤは隠し持っていたリューネの実を差し出し、それぞれ羽一枚と交換した。


「ドロナにもやろう。薬鉢を借りたままだからな。

 もうしばらく貸してほしい」

「なら、羽と交換してやろう。

 薬鉢はまだある。それはあんたが使ってくれ」


 ドロナは薬鉢も壺もナユタナに譲るつもりだったが、羽との交換とすることにした。

 美しい羽を受け取ったドロナは、くるくる回して眺める。


「しかし、いつカルヴァン鳥を食べたんだ?」


 ドロナの疑問に、ナユタナはどきりとなった。


「う、うむ……いつであったかな……」


 ユトロが夜に戻ってくることを、使用人たちは知らない。

 ドロナなら人狼族への理解もあるかもしれぬが、他の者がどう捉えるかはわからない。

 ナユタナは言葉を濁す。


「ナユタナ様は毎晩、お夜食を食べていらっしゃいますか?

 今朝、お部屋に……鳥の匂いが残っていた気がして……」


 マーヤが怪しむようにナユタナを見た。

 ナユタナは、目を泳がせた。


「う、うむ……酒のつまみに食べているのだ。

 ダランが……用意してくれるのだ」


「夕餉がたりないのですか?」


 リーナの問いに、ナユタナは首を横に振った。

 女中が気にしているのは、夕餉の量なのだ。


「そんなことはないぞ。夕餉は腹いっぱい食べている」

「あの、あたし……白い羽の入った袋と骨の残骸を、露台に見つけてしまって……

 大きな鳥を二羽……いえ、三羽ほど、召し上がってはいませんか?」


 森人は人族より食べる量が多いのではないか──

 マーヤはナユタナが、遠慮しているように思えた。


 ドロナたちの視線がナユタナの小さな腹に集まり、ナユタナは慌ててそこを両手で覆った。


「私は大食らいではないぞ。

 むしろ、夕餉を減らしてくれてよいのだ。

 夜の酒は大事だからな」


 ナユタナは羽と交換したパンと果実を布で包み、いそいそと胸元へしまう。


 ユトロが毎晩やってくると、夜に二度食事を取ることになる。

 ひと月も続ければ、森人の体は、目に見えて変わってしまうだろう。


 腹を擦っているナユタナの後ろで、コルベが背丈を測っていた。

 それに気付いたナユタナは、コルベの帳面を覗き込む。

 自分の大きさを数値で見るのは初めてだった。


「これは、私の背丈なのか……?

 もう少し、大きいのではないか?

 こんなに私は小さくないぞ。あと二十リルはあるはずだ」


 疑わしげに覗き込むナユタナをよそに、コルベは帳面を鞄にしまった。


 そのとき部屋の戸が叩かれ、マルナが顔を出す。

 頬は紅に染まり、喜びが溢れている。


「あの、ナユタナ様。今日の午後に、町へ行くそうです」


 マルナの眼鏡を直しに、鍛冶族の店へダランが連れてゆくという。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ