7話 曇りの日
「珍しい名前だよね。太郎って。何か由来でもあるの?」
とある日、凛音は卵焼きを口に運びながらそう聞いてきた。名前の由来、それは俺の聞かれたくない質問の一つだ。
どうやって誤魔化そうかと迷っていると、凛音は「ありふれているようであんまりない名前だよね」と、のんびりした物言いで続けた。
凛音は度が過ぎたマイペースだ。そして、度が過ぎた天然でもある。そのこともあり、空気を読むと言うことが苦手らしく、ズケズケと酷いことを口にすることがある。
今回も適当な思いつきで、俺の返答には全く期待していないのかもしれない。
そんな願いを込めて凛音に視線を向けると、俺の想像通り、彼女は目を輝かせながらミニトマトを口にしていた。
まるで、自分からした質問を忘れているようだ。俺は安堵のため息をついた。
だが、そんな都合の良いことは起きていなかった。
「私は、呼びやすいから太郎って名前好きだけど、太郎は自分の名前好き?」
凛音は、俺が嫌がっていることにも気づかないまま、また質問を重ねた。
つい苛立って、ぶっきらぼうに言った。
「……好きなわけないだろ、こんな変な名前」
自分でも驚くくらい低い声が出た。凛音が目を見開き、サッと視線を逸らした。
謝罪はしたくなかった。気を紛らわすためにコンビニのパンを大口で食べた。それを味わう余裕もなく、俺は強引に飲み込んだ。
凛音の箸を置く音が聞こえる。彼女は、視線を彷徨わせながら言った。
「……ごめん。なんか、ご飯美味しくないし、帰るね。たまには授業出ないとだし」
凛音は隣に置いていたカバンに、食べていたお弁当箱を詰めた。そのまま、振り向くことさえなくドアノブを捻って出て行った。
お決まりの挨拶はなかった。――だって、凛音が先に出ていくのは初めてのことだったから。
世界から音が消えてしまったような静寂の時間。凛音に出会ってから、短いと思っていた昼休みは、今日だけはやけに長かった。




