22話 偽る少女
<視点変更 東野 友里>
「顔色が悪いですわね。体調は大丈夫ですの?」
「……気にしないでちょうだい。少し熱っぽいだけよ」
表向きは落ち着いた声音で話す、私の幼馴染――南谷美咲は、ひどく腹を立てているのが見て取れた。
「連絡がつかないから心配していたんですのよ。綺羅や麗華様とやらも心配しているのではなくて?」
「……スマホ、開いていないからわからないわ」
嘘だった。本当は美咲の連絡にも気がついていたし、綺羅や麗華さんからメッセージが来ているのも確認している。返信すればよかったのに、何を送ればいいのかわからなくて、結局スマホの電源を落とした。
「相変わらず真面目ですのね。まあいいですわ。適当に体に良さそうなものを買って来させたから食べなさい」
「買って来させたって……さすが、大企業の社長令嬢様は人使いが荒いのね」
「心外ですわ。適材適所とでも言ってくださいまし」
美咲はぷんと顔を背けた。渡された袋の中身を目で確認すると、ヨーグルトやプリン、ドリンクなどの飲食物に加え、冷却シートや湿布が入っていた。思わずため息が漏れる。
「……私が何で休んでいるかも知らないのに、よく用意しようと思ったわね。家庭の事情とか、病院に行っているとかは考えなかったのね」
「それも一応考えましたわ。その上で、持ってきましたのよ。不要なら、部下にでも配ればいいのですわ」
つい、皮肉を言ってしまう自分に嫌気がさす。それに、私を気遣わせないためだと理解していても、美咲の態度が今はうざったかった。
美咲が「お金持ち」だというのは、昔から変わらないのに、なぜこんなにイライラするのだろうか。
「……今日はありがとう。明日は学校に行くわ。だから、今日は帰ってちょうだい。また後日、お礼をするわ」
――どうやって? お礼をできるほどの手持ちはないのに。あったとしても、「お金持ち」の美咲には届かないのに。
頭の中の囁きが、今日はいつもに増して激しい。
――無性にイライラする。何であなただけが「お金持ち」なの、っていう疑問が尽きず、態度が悪いとわかっていても八つ当たりしてしまう。
すると、美咲は黙って私を観察し――そして、ため息をついて言った。
「本当に体調が悪そうですので、わたくしは帰りますわ。本当は話したいことがあったのですけど……また、後日にさせてくださいまし」
美咲は「ご機嫌よう」と微笑むと、踵を返してリムジンに戻った。こんな住宅街に乗る車ではない。わざわざ見せつけに来たのかしら――いや、美咲にそんな意図があるはずがない。
良くも悪くも、深く考えないのが美咲だ。
きっと今頃、他の車でこればよかったですわ、とでも思っているのだろう。……ううん。後悔していて欲しい。安易に、庶民の生活に触れるからこうなるんだって、あの高飛車な美咲でも理解できるように――。
「……私、最低だわ……もう、私はただの庶民なのに……」
昔の私は「社長の娘」だった。
私の曽祖父は、何もない田舎の街にカメラを普及し、その資金を元金に会社を立ち上げた。商売は順調に続き、徐々にカメラ以外にも目を向け、事業拡大を図ってきていた。
曽祖父から祖父に、祖父から父に。社長の座は私の世代にまで継がれていき、いつしか大企業とも呼べる大きさにまで会社は成長した。
しかし――父である現社長の失敗で会社は衰退。
もはや、「社長の娘」なんて呼び方は笑いものになっていた。父は酒に逃げるようになり、次期社長の未来が決定している兄は「泥舟に乗せられた」と毎日のように不満を口にしている。
そして私は――。
「……本当にどうしちゃったのかしら。いつもなら、ここまで卑屈にはならないのに……」
考えを忘れようとすると、思い出したかのように頭が痛み出す。頭の中を刃物で切り裂かれているかのような痛みだ。めまいもしているし、何も食べていないのに気持ち悪い。
「……明日は学校……行かないと……」
明日は話さないといけない人が多い。綺羅と麗華さん、美咲。たしか委員会があったはずなので、相方の学級委員にも一言謝らなくてはならない。でも、いつも私が彼の仕事もやっているから、お互い様のはずだ。
他に話さないといけない人は――。
『謝ってください』
ふと、脳裏に佐藤太郎と、彼の隣にいた――落とし物のハンカチの持ち主の女子の姿がよぎった。
あれは綺羅に言った言葉だとはわかっていた。でもあの少女の訴えこそ、都合の良い言い訳を許さない、被害者の言葉だとも理解していた。
謝る――誰に対して?
「……っ! 頭が……痛い……」
私は体を引きずるようにして玄関に戻った。
……謝る必要なんてない。私は何も悪くない――本当に?
そう心の中で唱え、自分を必死に正当化しながら。




