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雨上がりに君と出会えたのなら  作者: あまの
第三章 嘘つきな彼女
22/22

22話 偽る少女

 <視点変更 東野 友里>

 

「顔色が悪いですわね。体調は大丈夫ですの?」

「……気にしないでちょうだい。少し熱っぽいだけよ」


 表向きは落ち着いた声音で話す、私の幼馴染――南谷美咲は、ひどく腹を立てているのが見て取れた。


「連絡がつかないから心配していたんですのよ。綺羅や麗華様とやらも心配しているのではなくて?」

「……スマホ、開いていないからわからないわ」


 嘘だった。本当は美咲の連絡にも気がついていたし、綺羅や麗華さんからメッセージが来ているのも確認している。返信すればよかったのに、何を送ればいいのかわからなくて、結局スマホの電源を落とした。


「相変わらず真面目ですのね。まあいいですわ。適当に体に良さそうなものを買って来させたから食べなさい」

 

「買って来させたって……さすが、大企業の社長令嬢様は人使いが荒いのね」

 

「心外ですわ。適材適所とでも言ってくださいまし」


 美咲はぷんと顔を背けた。渡された袋の中身を目で確認すると、ヨーグルトやプリン、ドリンクなどの飲食物に加え、冷却シートや湿布が入っていた。思わずため息が漏れる。


「……私が何で休んでいるかも知らないのに、よく用意しようと思ったわね。家庭の事情とか、病院に行っているとかは考えなかったのね」

 

「それも一応考えましたわ。その上で、持ってきましたのよ。不要なら、部下にでも配ればいいのですわ」


 つい、皮肉を言ってしまう自分に嫌気がさす。それに、私を気遣わせないためだと理解していても、美咲の態度が今はうざったかった。

 美咲が「お金持ち」だというのは、昔から変わらないのに、なぜこんなにイライラするのだろうか。


「……今日はありがとう。明日は学校に行くわ。だから、今日は帰ってちょうだい。また後日、お礼をするわ」


 ――どうやって? お礼をできるほどの手持ちはないのに。あったとしても、「お金持ち」の美咲には届かないのに。


 頭の中の囁きが、今日はいつもに増して激しい。

 

 ――無性にイライラする。何であなただけが「お金持ち」なの、っていう疑問が尽きず、態度が悪いとわかっていても八つ当たりしてしまう。


 すると、美咲は黙って私を観察し――そして、ため息をついて言った。


「本当に体調が悪そうですので、わたくしは帰りますわ。本当は話したいことがあったのですけど……また、後日にさせてくださいまし」


 美咲は「ご機嫌よう」と微笑むと、踵を返してリムジンに戻った。こんな住宅街に乗る車ではない。わざわざ見せつけに来たのかしら――いや、美咲にそんな意図があるはずがない。

 

 良くも悪くも、深く考えないのが美咲だ。

 きっと今頃、他の車でこればよかったですわ、とでも思っているのだろう。……ううん。後悔していて欲しい。安易に、庶民の生活に触れるからこうなるんだって、あの高飛車な美咲でも理解できるように――。


「……私、最低だわ……もう、私はただの庶民なのに……」


 昔の私は「社長の娘」だった。


 私の曽祖父は、何もない田舎の街にカメラを普及し、その資金を元金に会社を立ち上げた。商売は順調に続き、徐々にカメラ以外にも目を向け、事業拡大を図ってきていた。


 曽祖父から祖父に、祖父から父に。社長の座は私の世代にまで継がれていき、いつしか大企業とも呼べる大きさにまで会社は成長した。

 しかし――父である現社長の失敗で会社は衰退。


 もはや、「社長の娘」なんて呼び方は笑いものになっていた。父は酒に逃げるようになり、次期社長の未来が決定している兄は「泥舟に乗せられた」と毎日のように不満を口にしている。


 そして私は――。


「……本当にどうしちゃったのかしら。いつもなら、ここまで卑屈にはならないのに……」


 考えを忘れようとすると、思い出したかのように頭が痛み出す。頭の中を刃物で切り裂かれているかのような痛みだ。めまいもしているし、何も食べていないのに気持ち悪い。


「……明日は学校……行かないと……」


 明日は話さないといけない人が多い。綺羅と麗華さん、美咲。たしか委員会があったはずなので、相方の学級委員にも一言謝らなくてはならない。でも、いつも私が彼の仕事もやっているから、お互い様のはずだ。

 

 他に話さないといけない人は――。

 

『謝ってください』


 ふと、脳裏に佐藤太郎と、彼の隣にいた――落とし物のハンカチの持ち主の女子の姿がよぎった。


 あれは綺羅に言った言葉だとはわかっていた。でもあの少女の訴えこそ、都合の良い言い訳を許さない、被害者の言葉だとも理解していた。

 

 謝る――誰に対して?

 

「……っ! 頭が……痛い……」


 私は体を引きずるようにして玄関に戻った。

 ……謝る必要なんてない。私は何も悪くない――本当に?

 そう心の中で唱え、自分を必死に正当化しながら。

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