20話 勇気のある少年
「わたくしと綺羅、それと友里は幼馴染ですわ」
南谷さんはそう言うと黙ってしまった。続きを語るつもりはないらしい。
それもそうか。せっかく会えた幼馴染が、いじめをしていたことも、悪意がないとはいえ、自分もそれに加担しかけていたなんて、すぐには受け入れないだろう。
「綺羅と、友里……ショッピングセンターにいた人だよね? どっちがどっち?」
「ロングの方の人が東野友里で、ツインテールにしている方が西田綺羅だ。凛音の机に悪意のある言葉を書き込んだ……いや、落書きをしたのは、おそらく西田と……俺のクラスの前原だろうな」
落書き。そんな幼稚な表現はしたくなかったが、直接的な表現をすると、凛音が顔を顰めた。
「うーん……でもさぁ、綺羅って太郎のクラスの人でしょ? 暇なのかなぁ」
「暇だとしてもやっていい事と悪い事はある。あいつら……凛音にまで手を出すなんて」
「待って――"凛音にまで"ってどういうこと?」
凛音は目ざとく俺の呟きに反応した。しまった。迂闊なことを言ってしまった――そう思った。
俺は、凛音にいじめられていることを伝えてない。前原たちのことは、「苦手なクラスメイト」と濁して表現しているし、屋上に来た理由も「なんとなく」と誤魔化していた。
なんとか話を逸らさないかと試みるが、凛音だけではなく、南谷さんにまで険しい視線を向けられた。
言いたくはない。でも、凛音に嘘をつき続けたくはなかった。胸がざわつき、逃げるように視線を落とした。
ついに話す時が来たのかもしれない。俺は、言葉を探しながら言う。
「俺、実は前原のグループにいじめられているんだ」
凛音は目を見開き、息を呑んだ。
南谷さんは何かを感じたかのように目を細めた。いまいち感情が読めない。
「――いつから?」
「五月……いや、四月の終わり頃から。クラスで前原たちにいじめられている女子がいたんだ。俺は彼女を放って置けずに庇った。結果、いじめの標的は俺になった」
今思えば、なぜ自分があんなことをしたのかわからない。高校生になりたての全能感か、はたまた偽善か。何にせよ、その時の俺は調子に乗っていたのは間違いない。
「結局、俺が庇った女子も不登校になってしまったし、俺のしたことは無駄だったんだけど、少なくとも標的は俺に逸らせた。そう思っていたんだけど……まさか、凛音に目をつけるなんて……本当にごめん」
すると凛音は、何か言いたげに俺を睨んだ。急な重い話に嫌気が刺されたのかもしれない。
――また、後悔が胸に募った。
だから、次に凛音が言ったことは、俺が想像もしていなかった言葉だった。
「なんで、太郎が謝るの? 太郎がしたことは無駄なんかじゃない。結果、その人が不登校になったとしても、間違ったことなんてしていない。
誰かに手を差し伸べるのが間違いだなんて、私が認めない。その人も絶対、太郎に感謝しているに決まっている」
意表をつかれ、俺は何も言うことができなかった。凛音の真っ直ぐな言葉に胸を打たれ、呼吸するのも忘れていた。
そうか、俺は――認めて欲しかったんだ。お前は間違ったことなんてしていない。誇っていいなんて、言われなかったら思いもしなかった。
「全くもって、橘さんの言う通りですわ。いいですの? 悲しいことですが、大半の人はいじめを見て見ぬふりをして――何もしない、傍観者になりますわ。
しかし、あなたは傍観者ではなく、一人を救う決断をした。それは、誰にでもできることではありません。あなたは自分を過小評価していますわ」
――それは違う。南谷さんの誤解だ。
俺は中学のとき、誰にも助けてもらえなかった。
だから俺は、自分がして欲しかったことをしただけだ。
――決して、褒められることでは……
「……やっぱり、太郎はかっこいいね」
凛音が俺の心を見透かしたかのように言う。普段空気が読めないのに、何でこう言う時は……いつも、俺が欲しい言葉をくれるんだ?
「……ありがとう」照れが混じり、ぶっきらぼうな言い方になってしまったが、俺は何とかお礼を伝えられた。
凛音と、南谷さんに。
「えと……? どういたしまして?」凛音がキョトンと首を傾げる。お礼を言われることをした自覚がないらしい。
「ふふん。もっと感謝してくれてもいいんですのよ?」
凛音とは対照的に、南谷さんは胸を張った。
「……本当に、ありがとう」今度は目を逸らしてしまった。素直に生きるというのは、案外、難しい。
暖かい空気に包まれた空間で、思いついたかのように南谷さんは言う。
「そうですわ! わたくしがあなたたちのお友達になってあげますわ。……ふふ、お友達が増えましたわ」
さも名案と言わんばかりに南谷さんは胸を張る。それを、凛音は嫌そうな顔をして言う。
「え、別に美咲とは友達になりたいわけじゃ……」
「――いいえ、お友達ですわ!」
凛音は不満そうに口を尖らせる。それを、南谷さんは「何ですの!?」と反応する。
楽しいな。思わず口が緩んだ。
――フィクションではよくある、青春の話。俺がずっと夢見ていて、届かないと思っていた学園生活。
それが、目の前に広がっている。
「だからお友達ですわ!……佐藤さんも何か言ってくださいまし! あなたもわたくしのお友達ですからね!?」
「――俺が、友達?」
目の前に広がる憧れ。俺も、その中に入っていいのか?
「……な、何ですの? その目……も、もしかして、わたくしとお友達になるのは嫌ですの……?」
「いや、違くて。……その、俺も友達になりたい、です」
花が咲くような笑顔で、南谷さんは安心したように笑った。もしかしてこの人、友達いないのか? 大袈裟な態度を見ていると、そんな失礼なことを考えてしまう。
すると、それを見ていた凛音がハッとしたように間に割り込み、南谷さんに対して、
「え、太郎がなるなら私も友達。よろしく、美咲」
と、調子のいいことを言って見せた。だが、意外にも南谷さんは嬉しそうに微笑んだ。
いじめの問題が解決したわけではない。
それでも、少しずつ毎日が楽しくなった。




