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雨上がりに君と出会えたのなら  作者: あまの
第三章 嘘つきな彼女
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19話 冤罪の少女

「何もない屋上に来るなんて、暇なの?」

「凛音にだけは言われたくないな……じゃなくて、その人は?」

 

 昼休み、屋上にて。お決まりの挨拶が場に飛び交う。

 そこにいたのは、数学の教科書を広げた凛音。そして、隣にいるのが――

 

「あら、橘さんのお友達ですか? 初めまして。わたくし、南谷美咲ですわ」

 

 いかにも、お嬢様といった風体の少女だった。金色の豊かな髪を縦に巻き、宝石のように輝く瞳を持っている。華のある容姿のせいか、制服を着ているのが逆に違和感を覚える。

 

「……えっと……佐藤太郎です……」

 

 俺はなんとか言葉を繋いだ。俺の安心できる唯一の場所に、緊迫感が漂っている。

 

「私の友達だよ」

 

 凛音はペンを握り、眉を盛大に顰めた。

 

「この問題何言っているかわからない。教えて」

 

 凛音には、初対面の俺たちを気にかける様子はない。その天然さが今だけは憎かった。

 

「いや、気を遣われる方がしんどい……よな?」

 

 無理やり自分を納得させるが、その思いは凛音には届かない。

 

「ねぇ、教えてってば。期末試験、来週からなのに何もわからない」

 

「何もって……何が一番やばいんだ?」

 

「どれもやばいけど、強いて言うなら国語。登場人物の気持ちとかわかるわけがない」

 

 俺はため息をついた。呆れたわけではなく、国語を教えることの難易度に嫌気が刺した。文法ならともかく、文章題となると何を教えたら良いのかわからない。

 

「待ってくださいまし」

 

 俺が考え込んでいると、無言を貫いていた南谷さんが青ざめた顔で口を開いた。


「……期末試験、来週って本当ですの?」

 

「そうだよ」

 

 凛音はあっさりと肯定。南谷さんはそっと凛音の教科書を覗き込み、冷や汗を浮かべながら言う。

 

「何を言っているのか、全くわかりませんわ。これ、本当にテスト範囲ですの? 何かの冗談ではなくて?」

 

「うん。これ全部テスト範囲」

 

 南谷さんは固まってしまった。やがて、深く酸素を吸い込んで、額に手をやって口を開いた。

 

「――この世の終わりですわ! 何も勉強していませんのよ!?」


 その様子に、俺は思わず口を挟んでしまう。「……いや、まだ一週間ありますし……なんとかなるのでは?」

 

「わたくし転入生ですのよ!? それも、アメリカから! こっちと向こうじゃ範囲が全く違うんですのよ!?」


 怒鳴られた。常人でも怖いのに、美人の怒った顔となるとなおさらだ。俺はサッと目を逸らした。


「あれ、転入生だったの?」

「え、もしかして把握していませんでしたの? わたくしたち、同じクラスですのに」


 凛音は首を傾げた。屋上に引きこもっている凛音が知らないのも無理はない。だがそこで、ふと疑問を抱く。


「二人はいつ知り合ったんですか?」

 二人はほとんど同時に答えた。

 

「今朝ですわ。追いかけ回されて怖かったですの」

「朝だよ。なんか知らないけど、逃げ回っていた」


 俺は口を閉ざした。二人の主張をまとめると、南谷さんが凛音に追われていると勘違いしたのだろうか。言葉足らずな凛音のことだ。どちらに非があるのか、俺には判断がつかなかった。


「つまり、朝知り合ってそのまま仲良くなったんですか?」

 

「ううん。仲良くない。この人、私の机に落書きした犯人らしいし」

 

「――落書き?」


 文字通りに捉えるとしても、穏やかではない。俺は南谷さんを一瞥した。南谷さんは、俺の視線に口を膨らませた。


「何度も謝ったでしょう。……騙されたんですのよ。綺羅と麗華様に、日本だと親しくなりたい人に机にメッセージを書くと言われたんですの。……それが犯罪だなんて、知らなかったんですのよ」


 南谷さんは口を尖らせた。悪気があったわけではない――まるでそう言いたげに。

 だが彼女には悪いが、俺は後半の内容のほとんどを聞いていなかった。


 今、彼女は『綺羅と麗華様』と言ったのか?

 西田と前原が、凛音をターゲットにした?


 そういえば、今日は西田と前原にいじめられることはなかった。東野が休みだからだと思っていたが、凛音にターゲットを移したからだったのかもしれない。


「……なら何で凛音を狙ったんだ?」

 

 口にしながらも、理由なんてわかりきっていた。


 土曜のショッピングセンター。これはあの日の報復だ。

 俺は汗が止まらなかった。蝉の声が聞こえ出した夏の暑さのせいだと思いたい。

 

 俺があの日、凛音と一緒にいたからこんなことになった。


 俺のせいで、凛音が傷つくのだけは耐えられなかった。


 そんな俺の思いとは裏腹に、凛音は特段変わった様子もなく、南谷さんに声をかけていた。

 

「何度も謝られて逆に面倒くさかったけどね。挙げ句の果てには、損害賠償するとまで言い出すもん」


「当然の報いですわ。悪いことをしたのなら、誠心誠意謝らなくてはいけません。そして、正当な罰を受ける。当然の話でしょう?」


 ――謝罪をして、罰を受ける。

 南谷さんの言葉が胸を揺さぶった。正体の掴めない違和感に、ただ首を傾げる。まるで何かが引っ掛かっているかのように。


「……凛音は、南谷さんを許したのか?」


 気づけばそんなことを聞いていた。

 聞いといてだが、どんな回答を求めているのかは、俺にもわからなかった。


 ふと目を向けると、南谷さんは唇を硬く結んでいた。まるで、目を細めた凛音の次の答えに怯えるように。


 落ち着かせるように深呼吸して――凛音は、それでも抑えきれない怒りを露わにしながら言った。


「……私、もう何度も気にしていないって言ったんだけど。逆に嫌がらせでしょ。目が合う度に謝るとか」


「だって、本当に申し訳ないんですもの……」


「まぁ確かに。キモいとか、ブスとかは心にきたけど。言われ慣れてるけどさ、気分は悪いよね」


 南谷さんをまともな人だと認識しかけていた分、その発言は眉唾だった。――そして、許してはならないものでもあった。

 

「――そんなことを書いたのか?」

 

 自分でも驚くほど低い声音で、南谷さんに視線を向ける。彼女は萎縮したように、目を逸らす。けれど、彼女は不思議そうに眉を顰め、「……何の話ですの?」と困惑した様子で前を向き直した。


「本当に何の話ですの?」


 沈黙に耐えきれず、南谷さんは不安げにもう一度尋ねた。それは、とぼけているわけではなく、本当に心当たりがない人の反応だった。


「だから、私の机の落書き。……あ、証拠もあるよ」

 

 凛音はスマホを操作し、俺と南谷さんに画面を見せつけた。たしかにそこには、容姿や性格を否定する言葉が机を埋め尽くしていた。


「……何だよこれ」

 その惨状はまるで、普段の俺の机のようだった。まさか本当に、いじめのターゲットが凛音に移ってしまったのか?


「……知りませんわ。わたくしが記入したのは、そこの右端のメッセージだけですわ。それに、わたくしが記入した時には、こんなメッセージなかったですわ」


 南谷さんの言う通り、字の癖からして書いた人が複数人いるのは明白だった。


 俺は写真を見直す。南谷さんが書いたというのは、ここのお嬢様口調の字だけか?


「あれ、そうだっけ。今朝、私の机を見ていなかった?」

 

「わたくしは、あなたの机の上にあった奇妙な人形しか見ていませんでしたわ。あまりに変でしたので、それ以外には目がいかなかったんですのよ」


 俺には内容はよくわからなかったが、ふたりの間に誤解があるのは伝わった。

 

 俺は凛音のスマホを凝視した。何度も嫌がらせを受けているから、俺にはわかってしまった。


 ――それは、西田と前原の字だった。

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