16話 嘘の中で
<視点変更 佐藤佐藤>
西田綺羅。東野友里。
二人は、リーダー的存在の前原麗華と共に、俺に嫌がらせをする性格破綻者だ。
三人の中では、東野が一番マシだが、それは免罪符にはならない。俺は、彼女たちが心の奥底から大嫌いだ。
周囲の人目を集め、西田があざとく首を傾げる。人をゴミだと言い放ったことを、何一つとして悪いと思っていない様子だった。
「……綺羅、行きましょう。彼とは偶然出会っただけ。私が自主的に会ったわけではないし、これ以上関わる価値もないわ」
西田の隣の東野は、冷や汗を浮かべながら俺を睨む。彼女のこういうところでの責任転嫁が憎かったはずなのに、今だけは助け舟に見える。
「えー? でも、ゆーちゃんはゴミみたいなハンカチ拾ってたじゃん。他にもゴミがいるんだよー?」
「――ッ綺羅!」
「何で怒っているの?……ゆーちゃん、麗華ちゃんが言ったことを否定するってこと?」
東野の顔が、みるみる青くなっていく。悔しそうに唇を噛むと、項垂れてしまった。
気がつけば、俺たちの周りは円を作るように、人が離れていった。それなのに、遠巻きに騒ぎを見ている人は増えていくようだ。
「私は……私は、彼らとは関係ないわ。……前原さんを裏切ってはいないわ」
「え? そうなの? なら、証明してみせてよ」
西田は、凛音を――その手に握られたハンカチを指差した。
「あれ、ゆーちゃんが拾っていたでしょ?……奪い返してきてよ」
東野はしばらく動かなかった。しかし、覚悟を決めたように凛音を睨む。俺は手を広げて、凛音を背後に庇った。
最悪の事態だ。俺だけならともかく、凛音を巻き込んでしまうなんて。
謝るべきなのかもしれない。いつもみたいに、俺が悪かったんです。って言えば、きっと見逃してくれるだろう。
俺が決心した時だった。
「謝ってください」
「――凛音?」
騒ぎの中で、もっとも響く声音で凛音が言う。俺は、視線を凛音の方にやった。彼女は――西田よりも、東野よりも鋭く、彼女たちを睨んでいた。
「太郎にひどいことを言ったこと、私の私物を貶したこと、そして……」
凛音は東野に目をやる。
「太郎だけではなく、そこの人にも、謝ってください」
「……はぁ?」
西田は舌打ちをした。俺が間にいなければ、そのまま凛音を殴っていたかもしれない。それくらい、濃密な殺意だった。
「なんでアンタに命令されないといけないんですかぁ? てか、私とゆーちゃんは親友だし? 赤の他人は黙れよ」
「ええ、たしかに赤の他人です。私には彼女を脅しているように見えました」
勘違いでしたらすみません。凛音はそう付け加えるが、周囲の声は凛音の味方をするものが多い。西田の劣勢は言うまでもなかった。
しかし、先に口を開いたのは西田ではなかった。
「えっと、凛音さん? 綺羅は何も悪くないわ。綺羅は、私を庇っただけよ。だから、今回は私が悪かったということで水に流してちょうだい」
東野は場違いなほど丁寧に頭を下げた。
「……いや、おかしいだろ」
思わず俺は呟いてしまう。今回の場合は、謝るのは西田の方で、東野に非はない。
「おかしくなんてないわ。……綺羅は私の親友だもの」
俺にも、凛音にも理解できなかった。俺にとったら東野とは、前原の取り巻きの一人という印象が強く、彼女については何も知らない。
ここで謝ることで場を収めた東野は正しい。だが俺には責任を曖昧にする、ずる賢い行為に思えた。しかし、場を収めたのは事実なので、俺に彼女を否定することはできなかった。
「……俺が言えたことじゃないか……」
「? 太郎何か言った?」
「いや、特に何も。……俺たちはそろそろ帰ろう」
胸のざわめきが消えたわけではないが、それでもこの場を離れるのに最適なタイミングだった。
まだ不服そうな凛音も「仕方がないか」と西田の謝罪を諦めた。だが立ち去る前に、東野の方に視線をやって、
「ハンカチ見つけてくれて、本当にありがとうございました」と、微笑みを浮かべながらお礼を口にした。
俺は黙って立ち去った。これ以上、騒ぎを大きくするのは本意ではないし、下手なことを言うのも怖かった。
「わ、たしは……」東野の震える声だけが、耳に届いた。
しかし俺は――俺たちは、もう振り返らなかった。
<視点変更 東野友里>
「なんなのあいつら……ほっんとムカつくんだけど!?」
綺羅が何かを言っているが、私の耳には入ってこなかった。
『謝ってください』
凛音と呼ばれた彼女の声が、耳に残っている。
「ねぇ、聞いてる?」
気がつけば、綺羅が私を睨んでいた。私の親友の綺羅。彼女の声が、耳にまとわりつくような声だと思うようになったのは、いつからだっただろうか。
「……聞いているわよ」私は適当に返事をした。どうせ、私の返答は当てにしていないはずだ。
「ふーん。ならいいけど。ところでさぁー、あの女、邪魔だよね?……麗華ちゃんに言いつけちゃお?」
「……あの女って?」
私はわかっているのに聞いてしまった。綺羅は、想像通りキャハハと笑う。
「もちろん、あのゴミと一緒にいたブスのことだよ! 生意気だよねぇ。私の親友のゆーちゃんなら、そう思うよね?」
違うわ。彼女は素晴らしい人よ。そう言いたかったのに、どうしようもなく怖かった。
もし、綺羅に嫌われたら? 麗華さんの後ろ盾を失ったら?――家族の顔や、幼い頃の綺羅が脳裏によぎって、私は作り笑いを浮かべて言った。
「……えぇ、そうね。私も、そう……思うわ……」




