12話 ショッピングセンターの外で
「………………」
「おい、会話できないなら目を合わすな。気まずいじゃねぇか」
凛音がいなくなった席に座るこの男は、樫崎 大河。凛音の兄で、なぜか琴葉が懐いている男だ。
俺はサッと目を逸らした。周囲に凛音も、琴葉もいない。それは昼食を食べ終わったあと、数分前に遡る。
琴葉が唐突に「そういえば服買っていない!」と叫んだのだ。そして、「凛音さんの意見が欲しいです!」と、凛音を連れ、風の如く去っていってしまった。下手なウインクをして。
凛音は「え、私頼りにされている……!?」と、嬉々として琴葉の元に行った。
いや、俺のことを考えてほしい。
まあ、そんなこんなで、俺と樫崎さんだけがこの場に残された。普通に気まずい。誰か助けて。
「……あんま人様の悪口は言いたくねぇんだがよぉ……」
「は、はい!? な、何でしょうか?」
そんな気まずい時間を過ごしていたら、ついに彼が話しかけてくれた。渡りに船と、俺は食いついたのだが、それが間違いだったようだ。
「琴葉チャン、大丈夫かよあれで……自由気ままだし、馬鹿みたいに警戒心ないし、めっっっっちゃ騙されやすいし」
「え、騙したのか?……ですか?」
「ん? あぁ……冗談で持ち金ゼロだと言ったら、『え!そうなんですか!? なら、わたしが払います!』って。あれ、大丈夫か? 将来ツボとか買わされないか?」
「……否定できないのが辛いところですね」
俺は額に手をやった。俺の両親も、待望の女の子を甘やかすのはわかるが、甘やかしすぎだろう。本当に詐欺に遭いそうだ。
「まぁ、てめぇよりはマシだけどよ。自信も自主性も無さすぎて、見ててイライラする」
「――――――」
俺は息を呑んだ。樫崎さんが言おうとしていることはわかる。俺は、決断が苦手だ。
洋服売り場で、凛音に手を引かれるまま逃げ出したように。フードコートで、琴葉と凛音を追わずに残ったように。断ったら相手に失礼かもなんて考えたわけではない。
単純に、俺なんかが反対して良いのか。そう思ってしまっている。
「てめぇの妹と……友達なんだろ? 遠慮するなんて馬鹿らしいじゃねぇか。こんな世界、文句も言えない奴は悪い奴らに利用されるだけだ」
――うるさい。そんなこと、俺が一番わかっている。それでも、素直にはなれないんだ。だって、俺はあの時、素直になってしまったせいで――
「下僕に成り下がるなんて、つまらな……」
「――うるさいな!」
つい、怒鳴ってしまった。限界だ。どうして、俺がこんなに言われないとならないのか。
声を張り上げたせいで、肩がぜいぜい動く。周囲の視線を集め、今更ながら羞恥心が込み上げてきた。
「……ま、文句も言えないっていうのは訂正してやる。試すような真似して悪かったな」
けれども、樫崎さんは少しだけ意外そうに目を細めただけで、特に何も言わなかった。だが、人目は気になるらしい。彼は立ち上がった。
「人増えてきたな。荷物持て。移動するぞ」
樫崎さんは、大量に置かれた荷物を軽く持ち上げた。そして、俺の肩に手をやる。ひどく不快なのに、振り払うこともできなかった。
「………………」
結局、俺は言われるがまま、彼の後を追う。一度声を張り上げただけで、肩が上がっているのが情けなくて仕方がない。
彼の後を追い、やがて――
「……帰るんですか?」
「いや、荷物をしまうだけだ。手伝え」
「…………………」
命令するなよ。こういう、人に当たり前のように威張れる人が、俺は誰よりも嫌いだった。
「命令するなよって思っただろ」
俺を見ることもなく、樫崎さんは言い当てた。心を読まれた気がして、心臓がバクバクなった。この人はエスパーなんだろうか。え、心の中で散々悪口言っていたのバレていないよな? 驚く俺に、樫崎さんは続ける。
「だが残念。お前は年下のクソガキだ。荷物持ちになってもらおう」
「……俺を下僕にしているの、樫崎さんじゃないですか……」
つい、口から本音が漏れた。心を読まれていると錯覚したせいだろうか。なんとなく、隠すだけ無駄だと判断してしまっていた。
「正解。よくわかったな褒めてやろう」
「いらないです。てか、無表情で言われても嬉しくありません」
「つまらないからな」
だめだ。反論すればするほど、俺の心にダメージが入る。
というかこの人、俺が怒鳴ったことを忘れたのか?
「普通に覚えているからな。昔の凛音に比べたらかわいいレベル……いや、かわいくはない。凛音の方が数億倍かわいい」
「だからその、心を読む技術なんですか。たしかに凛音は、俺と比べるのがおごがましいくらいの美人ですけど」
樫崎さんは、スパイが乗っていそうな、いかにもって感じの黒い車の前で足を止めた。鍵を操作し、トランクを開ける。彼はようやく俺の方を見て、満足そうな笑みを浮かべた。
「よくわかっているじゃないか。下僕から、三下に格上げしてやる。ほら、さっさとトランクに荷物を詰め込め」
俺の中のあなたは、今もヤバい組織の人、の認識のままですがねとは、流石に言えなかった。
俺は黙って手を動かす。まず俺が運んだ、大した重さのない大量のぬいぐるみを積み込み、次に樫崎さんが持っていた、見た目に反して重かった箱やら紙袋やらを入れた。
「てめぇらの荷物も入れとけ。その量だと邪魔だろ?」
「……では、お言葉に甘えて」
俺の荷物である、母親から頼まれた日用品もしまった。そういえば、今日中に買ってこいと言われているが、一応連絡はするべきだろうか。
「琴葉チャンよりはマシでも、ほんと警戒心ないな……」
そんなことを考えていたら、樫崎さんの呟きを聞き逃してしまった。聞き返そうかと思ったが、彼のスマホが鳴ったので諦めた。彼は電話に出る。
「はいはい、樫崎ですよっと。って、橘かよ。何の用……今はショッピングセンターにいるが……は? おい待て、何で俺がそんなことを……おい!切るな!」
樫崎さんは舌打ちし、スマホを忌々しげに睨んだ。深いため息をし、やがて掠れきった声を出す。
「………………なあ、紅茶に詳しかったりしないか?」
「いや、しませんけど。あ、でも琴葉なら詳しいかもですが……どうしましたか?」
樫崎さんは、乾いた笑いを浮かべる。
「連絡先、教えとけばよかった……頼む、琴葉チャン呼んでくれ……」
樫崎さんは、車に身を預けて項垂れた。珍しい、と言えるほどの関わりはないが、意外な姿だった。俺は好奇心に負け、つい尋ねた。
「誰かに頼まれたんですか?」
樫崎さんは、ため息をついてから言った。
「橘……凛音の父親からだ」




