11話 フードコートの中で
「あ、お兄ちゃんと凛音さん!」
「ずいぶんと遅かったじゃねぇか?」
琴葉と凛音の兄は、俺と凛音に気がつくと手を振った。だが手を振りかえすことはできなかった。二人が座っているのはフードコートの、四人用の席。その二つに、大量にぬいぐるみと、俺が買ってそのまま放置してしまっていた日用品が置かれていた。
「兄さん、ゲーセン行くなら私を呼んでよ」
「勝手にお前らがいなくなったんだろうが」
俺の方を見向きもしない凛音の兄は、塞がれた席の荷物を、床や膝に乗せることでどかした。自然な動作で凛音がそこに座った。
「あれ、俺の席は?」俺は琴葉を見た。
「お母さんに頼まれた荷物が思ったより多いから……」
「理由になってないからな?」
仕方がないので、俺は琴葉の隣に立った。迷うことなく凛音兄が立ち上がり、俺を睨んだ。座れ、という無言の圧が伝わってくる。
「さっさと座れ、見下されるのはごめんだ」
「……ありがとうございます」
お礼を言うと、彼は舌打ちをした。素直ではないだけなのか、本当に立たれているのが嫌だったのか、判断がつかない。どちらにせよ言えるのは、この人は苦手だ。俺をいじめている前原に近いものを感じる。普通に怖い。
しかし、それは俺だけだったようだ。
「……かっこよすぎてヤバい」と琴葉が言う。頼む、冷静になってくれ。祈りは伝わらない。
その祈りの間に、凛音と凛音兄の会話は続いた。
「兄さんって、やっぱり優しいね」
「その目は節穴か? それとも橘の影響か?」
「……橘?」
しまった、余計なことを言ってしまった。凛音兄しか見てない、危機感ゼロな妹を除いて、二人の視線が俺に向く。頭が真っ白になり、俺はしどろもどろで言う。
「えっと、その……凛音の苗字は橘じゃないですか。ど、どうしてそんな言い方をするのかって思いまして……」
まずい。言えば言うほど、何を言っているのかわからなくなる。緊張のあまり、記憶が飛んだ。
そんな俺を置いていくように、凛音があまりにあっさり言う。
「あぁ、私と兄さんは他人だよ。血も繋がってないし、戸籍もそう。あくまで、私が兄って思っているだけ」
衝撃の大きさに、思わず俺は黙る。
赤の他人? なら、凛音はどうしてそんな男と出会ったんだ?――俺の疑問は、もっと大きい疑問にかき消された。
凛音兄――もとい、凛音の兄を名乗る者は言う。
「俺も凛音は妹って思っているからなぁ。ま、同居人だし、あながち家族だろ」
おい待て。同居人? あ、そういえば凛音は「兄さん」に毎日、弁当を作ってもらっていたな。納得と引き換えに、俺の心に理由のわからないダメージが入る。
「あ、だから苗字が違う……え、待って。もしかしてわたしの初恋終わった……?」
「? 兄さんは彼女いないよ?」
呟くような声も、凛音の空気の読めない声も耳に入らない。ただ、彼が凛音とどういう関係なのか、深く知りたくなった。もちろん友達として。
凛音の兄に視線を向ける。何か言おうとしたが、口は動いてくれなかった。
「その程度の勇気なら、入ってくるんじゃねぇよ」
彼は耳元で、俺にだけ聞こえる声量でそう言った。どういう意味だ――そう、俺は言おうとしたが、やっぱり口は動かなかった。彼はついに呆れたように、凛音に声をかける。
「そういや凛音。橘に服を買いたかったんじゃねぇか? 今から行くか」
「いや、待ってくれ――」
俺たちを一瞥することもなく、彼は踵を返そうとして――。
「やだ。お腹すいた。ラーメン食べたい」
マイペースな凛音に、凛音兄は頭に手を当てた。
「……帰りに買ってやるから」
「やだ。ラーメンはテイクアウトできない」
「家の近くのラーメン屋。帰りによれば……」
「やだ。その時には気分変わっているもん」
なんとも間の抜けた会話だ。だが、張り詰めていた空気が和んだ。琴葉が俺に耳打ちする。
「なんか、仲のいい兄妹だね〜」
「本当にな。……俺らも何か食べるか?」
琴葉はパフェを食べたばかりのはずだ。それでも、俺は確認をとった。何故かって?
「うん!パフェだけだとお腹空いている!わたしもラーメン食べたい!」
「俺の妹も大概だしな」




