17話 星々とは未だ名乗れない
間を置いての更新となりました。お待たせして申し訳ありません。
物語の温度を確かめながら進めております。今夜も、どうぞお付き合いください。
ひとりぼっちな冬の空は酷く冷たいのに、暗闇の中で握られた手の温度の余韻が未だ残っている。
あの日、プラネタリウムへ霧島の小説のネタ探しに行った時の事を昨日の事のように覚えている。難しそうな内容だったのに投影が始まって仕舞えば没入するように星空を見入ったことも、霧島の言う「やり直し」を施された手が、心臓と似た温度で燃えていたことも。
あの後、プラネタリウムの上映内容はあまり頭に残らなかった。おっかなびっくり感受した霧島の手の感触が自分とは違う節だったものだった。その事実だけが頭の中に居座り、プラネタリウムからの帰り足も、普段の仕事でさえ、気を抜いた瞬間フラッシュバックしてきて、冷静じゃいられなくなってしまった。恋するティーンのような体たらくと笑われてしまっても仕方ないぐらいに、霧島と過ごした時間が、初めて遭遇する感情という名の『脅威』でしかなかった。
今日も会社でそつなく業務をこなしていたつもりだったが、いつも以上に足取りが重い。思考のリソースを霧島から業務へ戻す事が億劫で、ぼうと手が止まってしまっては思考をリセットするために一瞬瞼を閉じて、そんなことの繰り返しばかりであった。
電車がホームへ入線した合図を聞き流しながら、のそのそと車両へ乗り込み会社最寄りから出発する。帰宅ラッシュの時間にも関わらず、運のいいことに端っこが一席開いており、ストンと座ることにした。着膨れしたくないからと、脱がれたコートを抱えて壁側へ凭れるように肩を縮こまらせた。数十分揺られていればいずれ最寄駅である。それまで暇つぶしにスマホを開く。検索サイトがいくつものウェブニュースを表示させていて、そのうちの一つに目が止まる。いつもは気にならないはずなのに、知っている名前がそこにあったからどうしても目を逸らすことが叶わなかった。
――『【イケメン新人作家】武灯冬和の正体に迫る』
一緒に掲載されていた写真には、あの暗闇の中とはまるで別人のような笑顔があった。
普段なんて服装も髪も適当で、よく真歩からの梃入れがあったはずなのに、少し妖艶さを感じさせる甘い笑顔は、整えられた頭髪に、黒をベースにしたシックで顔に負けないオシャレな装いだった。
ぐずり、と一度痛んだ心臓を信じたくなくて、見ないふりをしたまま次の項目へ目を向けた。
『今回は、新刊〝星々は夢を見ない〟の作者である武灯冬和先生との対談をさせていただきます!よろしくお願いいたします』
『こちらこそ、このような機会は初めてで不備などあるかもしれませんが、お手柔らかにお願いいたします』
恐らく霧島の声色で語られているであろう丁寧すぎる言葉で、更に内側が痛んだ気がする。武灯は、こんな喋り方をする人なのか……。霧島は小説家だ。役者でもないのに、一通り人格を作り変えているような……最初から物腰丁寧な『武灯冬和』であるような隙の無さに嫌な汗がたらりと落ちる。見なければ良いのに、画面をスクロールする指は止まらず、画面越しの武灯へ釘付けになる。
『多くの恋愛小説を書かれている武灯さんの引き出しは凄まじいものですね』
『恐縮です。全てが実体験と言うわけではないのですが、リアリティを感じてもらっているなら幸いです』
『そうなのですね!ですが、そのルックスでは引く手数多なんじゃないですか?』
『そんな事ないですよ!』
画面上で交わされる言葉の応酬は、和やか過ぎて悲しい程に真歩の胸を切り裂く。武灯が恋愛小説を書いていた事は竹内書店へ行った際に知った事実だったし、その足で向かったカフェで武灯の小説を実際に読んだ。知ってはいたし、ある程度覚悟もしていたが武灯の恋愛小説に〝霧島の過去の恋愛〟が片鱗として感じられる事が辛かった。
『武灯先生の交友関係についても伺ってよろしいですか?』
『そうですね……。今回の〝星々は夢を見ない〟を書くにあたって刺激を共有した友人なら居ます』
『そうなんですね!?ど、どんな方なんですか?』
『凄く素敵な人ですよ。少し己の自信に欠けるところはあるけれど、人を思いやれる……自分にとって星のような存在です』
ガンガンと警鐘が鳴り響く頭は、鈍器で殴られた心地だ。真歩が気づいていなかっただけで、〝星のよう〟と称えられる程の友人が霧島にいた事が、途方もない絶望を与えている。
『よろしければ、新作の〝星々は夢を見ない〟の見どころを伺ってもよろしいですか?』
『はい。冬を題材にした大人のラブストーリーです。大人になりきれていない2人が其々の課題を乗り越えて結ばれるハッピーエンドです。是非よろしくお願いいたします』
『今回は、若手のイケメン小説家の武灯冬和先生をお招きしました!ありがとうございました!』
爽やかな空気で締めくくられたウェブニュースは、真歩の中に鈍い後悔を残して早々に締めくくられた。
その中に、元々武灯のファンだった人達からのコメントも多く寄せられている。スマホを滑る親指はスワイプを止めず、苦しくなるだけとわかっていても真歩はコメント欄を目にする。
『昔から大好きだった武灯先生のインタビュー最高でした!』
『新作、最高すぎて一気読みでした!』
武灯の文が古くから好きだと言うファンからの賛辞が多く飛び交う中、多くのいいねが送られているひとつの考察が真歩の目に留まった。
『武灯先生に〝星のよう〟って言わせる女性、どんな人なんだろう?きっと素敵な人なんだろうなぁ……』
一度ガタンと大きく車両が揺れた。吊革に掴まっている人は揃って踏鞴を踏み、一拍遅れて平常心を着飾り直した。しかし、スマホに意識を囚われ続けている真歩には車体の揺れなぞ足元を濡らす程度の波に過ぎなかった。
遠のく呼吸と、いつもより見開かれた眼は、一言一句コメントを拾い上げる事しかせず、脳みそも都合のいい未来を弾き出すような仕組みはしていない。
――武灯冬和が、霧島冬一が絶賛する程の女性……。
一気に体中から熱が逃げていく感覚がした。真歩の中で霧島は代え難い友人で、憧れる星空を携えた大人だったが、霧島にとって真歩の存在とはなんなのだろうか。もしかしなくても代えが効く旧友でしかないのではないだろうか。今までの交流だって真歩の中では特別視していた出来事でも、霧島にとっては……。
「ただの暇つぶし」その答えが出たと同時に、電車が最寄駅で停車した。口を開ける列車の内扉から荷物を纏めて離れ、改札へICカードをかざして逃げるように駅から離れた。
夜道を早足に自宅へと急ぐ。夕飯を買う為のコンビニや、近くの野良猫の溜まり場、帰る時にふと目に付くものなど幾つもあったが、今日はどうもそれ全てに気持ちを割いていられなかった。
見慣れたアパートへ到着し、震える手で鍵を取り出し室内へ逃げ込んだ。家を出る前と変わらない光景が目の前に広がって、家に誰もいない事がわかったからか一気に緊張の糸が切れる。いきなり重力を与えられた宇宙飛行士のようにグシャリとその場に蹲り、カバンもコートも投げ捨てれずに膝を抱えて涙を流した。
霧島にとって大切な人がいたことに気づけなかった後悔か。否、そんな優しいものではない。選ばれなかった悔しさが堰を切って涙と嗚咽に形を変えた。
友人として肩を並べられたのも、好きになったことも全部が思い上がりで間違いだったとわかってしまったから。やるせ無さと、霧島にお似合いであろう星のような女性を想像してしまって心が張り裂けそうだった。
ひたすら反芻されるのは、記事の中の大人の顔をした武灯が、星のようだと称した人物がいた事実。霧島の星と宇宙に憧れているだけの自分には到底届かない……彼にとっても唯一なんだろう。
「そんな素敵な人と結ばれる霧島をおれは祝えるかな……」
ぽつり、呟かれた言葉は真歩の首を絞めるだけで、回答などわかり切っていた疑問だった。霧島と誰かの幸せを認められる程、真歩はまだ大人になれていなかった。




