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神渡真歩には夢がない  作者: 武灯冬和


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14/14

14話 噺の味を添えて

 テーブル卓に運ばれてきた料理は、何方も食材をふんだんに使った色華やかで、芳しい香りの品だった。

 真歩の前に置かれたホットサンドは、狐色をした食パンに両側をサンドされ、半分に切った中身から卵黄ソースが流れ出ている。段々に重なるパンの内層は、大ぶりの鶏のソテーとチーズ、目玉焼き、緑黄色野菜などが使われていて、見た目からも食欲をそそる。付け合わせに、ミニサラダとピックが刺されたピクルスが交差するように置かれて、フレンチドレッシングが格子状にかけられている。

 華やかな料理を見ても表情が和らがない真歩。いつも居酒屋で目にする真歩といえば、テーブルいっぱいに並べられた料理たちに目を燦々と輝かせているようなものだが。胸の奥が忙しく、書き殴られた手紙のように釈然の無さと焦りが共存する。意識しあった若い男女が手を一瞬触れさせて焦る様な、焦ったいような感覚。しかしそれを言語化して飲み込むには、真歩はあまりにも経験がなさすぎた。あの程度のやり取りが、真歩の内側を嵐のように騒がせている。勝手に百面相を始める心と顔は一心同体な様な気がして、表情で霧島に不審がられていないか気になって仕方ない。

 真歩にとっては熱すぎる視線も、表情も、気遣いも……。何もかもが初めての感情の邂逅で脳内処理が追いつかない。


「んじゃ食おうぜ〜」


 真歩の内側を知る由もない霧島は届いたパスタを見やるなり、間延びした言葉と共にカトラリーを拾っていく。

 何でもない風に時は進んでいく。真歩の感情を置き残したままに。それが途轍もなく非常で、それでいて有り難い気がしてしまう。感じている感情はひとつも霧島に伝えられていない、それどころか当の真歩ですら名称が付け難い。取り分け皿にホットサンドを半分乗せて、霧島のパスタと交換し合う。言葉でなければこんなにスムーズに共有できるものなのか。霧島へ手渡した皿が真っ直ぐ彼の方向に向かって行くのが酷く羨ましく思えた。


 折角作ってもらった料理は、温かいうちに食べた方がいい。そんな当たり前のことわかっているのに、シルバーが嫌に重たく動かすのすら億劫だ。

 出来ることなら今この瞬間も霧島の顔を見つめていたくて仕方ない。食事をするのも、話し合うのも何かも霧島の笑顔を味わってから行いたい。

 霧島は蕩けるような笑顔でこちらへ笑いかけてくれるだろうか、この料理が気に入ってまた出かけたいと言ってくれるだろうか。――しかしそんな事など出来もしないなど、他でもない真歩が一番よく理解していた。自分ですら気付いてない感情を霧島にぶつけるなど言語道断で、無駄な行動だと言うのはわかっていたから。ひたすらに真歩は、味のぼやけた料理を何食わぬ顔して喰らう以外に選択肢は持たず、まだ温かい料理を砕いて飲むだけで精一杯で、胸の高鳴を解く為に割く余裕は持ち合わせていなかった。


 緊張で味のしない料理を腹に仕舞って一息つく。客足が遠のくカフェで2人は背凭れへ背中を押しつけてゆったりと座っている。

 何方とも無く竹内書店で購入した本を取り出し、断りも無く表紙を開いた。これから2人は本の世界へ没入していく――。

 霧島が買った本がどんな本なのかは聞いていない。しかし、雑踏に紛れて偶に頁を捲る音が聞こえるあたり、内容に飽きているような事はなさそうだった。かく言う真歩も、武灯が書いた本の世界へ段々とのめり込んでいく。

 〝僕らの青春は終わってから始まった〟と言うこの話は、過ちをきっかけに、高校生の2人が互いの感情を揺さぶり合い、共に今の立場から逃避する、そんな話だった。一時の宿の内で行われる情事も、お互いを清算する為にラケットを振う姿も、そして最後に結ばれた2人が自害した事も……。悲しいの一言じゃとても言い表せない感情を覚えさせる作品だった。

 しばしば読みながら感情に呼吸を止めさせた。お冷に口をつけさせはしない深さのある展開と、2人の青春をひとつずつ確実に清算させる物悲しさが、真歩の居住いを何度も悪くさせた。その度に、本から目を上げる事なくソファの上で腰の位置を直させる。

 何処までもリアルな色を残酷に表現している武灯の手腕には舌を巻かざるを得ない。しかし、それ以上に〝霧島(武灯)の作品〟と言うことを忘れ、実際に真歩の眼で見て、感じとり、思わせられる様な体験をさせる小説だった。恋が実る前の間もお互いを支え合い、青春に打ち込む姿なぞ真歩には無かったはずなのに、武灯の小説を通して擬似体験した様な心地になる。2人で分かち合う喜びも、1人で泣くことしかできない夜も、相手に捧げた熱も、何もかも。すり抜けていった青春を霧島によって付加される感覚。

 ――この感覚は、あの頃に似ていた。唐突にフラッシュバックする霧島との初対面の時、日常を消費するのにも慣れ始めていた高校生の頃……。黒板の前で入る委員会を決めかねていた真歩に、流れ星の様にいっときの衝撃を持ってして掛けられた提案。ただの思いつきや興味、もしかしたらそれ以下の感情だったかもしれない。でも間違いなく真歩にとってその偶然の流れ星(霧島冬一)は人生の転機だった。


 『この2人は――幸せだったんだろうな』


 口には出されない感情が、ポツリと心の中心に落ちていった。己の役割から逃げ、若者2人が早すぎる最期を迎えた事すらきっと、彼等にとっての最善だったのではないか――そう思わせてしまうぐらいには、真歩にとって説得力のある結末だった。

 あまりにも自己完結で悲しすぎる終末を武灯も幸せだと思って書いたのだろうか。一抹の疑問とも不安とも呼べるざわつきが真歩の胸にシミを作っていく。高級紙に垂らされたインクみたいにゆっくりと、でも確実に色を広げていく焦燥感が毒を飲んだかのように苦い。

 擦っても消えやしない事実が、純白の満足感を一瞬にして汚していく。真歩は正面で本を読む霧島の手元を盗み見た。世界を紡ぐあの手、あの手で霧島は2人を永遠に幸せに閉じ込めたのだ、そう思えてしまうぐらいには真歩は霧島の創る世界を、可能性を無かったことにした選択が正しいものに思えてしまう。


「――神渡」

「ッ……」


 栞を本に挟んだ霧島が真歩を一瞥する。その目は穏やかで、日向を眺める猫様に柔らかく細められている。全てを悟ったように、真歩の感情など筒抜けだと揶揄うような、楽しむような、擽ったい眼差しを霧島は真歩へ向けている。


「心配しなくても、その2人はちゃんと幸せになれたよ」


 肘掛けの上で拳を作ってそこへ顔をもたれさせて笑う霧島が、真歩の不快感を一気に拭う。知らず知らずのうちに霧島は真歩の読んでいた本を承知していて、恥じらう事もせずに静かに見守られていた様だ。

 未来を捨てた選択肢を肯定した真歩を咎めることもなく、それで良いと微笑む顔にふらつきすら覚える。呼吸が一瞬止まり、次吸う息が嫌でも浅くなる。

 もし、真歩がこの世界の住人だったら、心中を断れただろうか。――答えはきっと否、だ。恋する人に、霧島に『共に消えたい』と言われたらきっとおれは……霧島と共に有りたいと言ってしまう。例え世間が間違いだと喚いても、霧島へ捧げた感情を真歩1人だけでも肯定したいと思ってしまう。

 自覚した感情が、今まで否定してきた気持ちが溢れて涙に変わりそうになるのを必死で堪える。凍てついていた心に一気に春が訪れる。夜へ歩みを進める夕方のカフェは光り輝いて眩しい。食事の味も、世界の雑踏も何もかもが、たった今から呼吸しはじめたように新鮮で、真歩へ優しく降り注いだ。


 星が、産まれる。何も持た無かった酷く冷たい宇宙に音もなく近づいて、ひとりでに輝き出す。それは無遠慮で、悪戯で、泣きたくなるほど優しい温度をした色だった。

 我が物顔で隣に居ようとした一等星に、気付いたら魅入られていたのは、真歩の方だった。

 

 おれは、霧島が――好きだったんだ。

 

真歩〜(泣)

自覚してくれて本当によかったです…。多分この世界で一番嬉し泣きしている自覚があります。


もしかしたらもうすぐ「神渡真歩には夢がない」が完結する気配ですね…!

このまま完結まで頑張ります!よろしくお願いいたします。

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