1話 毒も薬も夢さえ無い
初めまして、武灯冬和です。
こちらのお話は、夢や希望を持たずになし崩しに生きてきた青年、神渡真歩と、夢を大成させた訳あり小説家、霧島冬一の冬をテーマにした物語です。
小学生の頃、流行りの芸人のモノマネをする同級生を側にニコニコと人好きする笑顔を張り付けていた。周りは大爆笑の渦だが、どこか1人その輪に入りきれずにいた。共感能力が低いとは思わない。周りの楽しそうな話を聞けばそれなりに幸せな気分になるし、他人があくびをすれば簡単に感染る。
それでもどこか感情が乗り遅れる感覚に居心地の悪さを感じているが、輪を乱さないようにそっと心に閉じ込めて笑顔を張り付けた。
大学を卒業したら周りと同じ様に企業に就職する。そんなもんだと思っていたし、実際、神渡真歩もその様に動いた。4年間の大学生活の中で幾つか貰った内定のうち、給料、ボーナス、福利厚生が1番良さそうな企業に就職。よくあるデスクワーク職で、決してホワイトでもなく、ブラックとは言えず、グレーゾーンな会社に悩殺され、帰宅すればコンビニ弁当を喰らいシャワーを浴びて就寝をするルーティンをこなしていた。
——何か劇的に楽しい様な悲しい様な生活などそこには無く、ただひたすらに毎日を消費していっている。
そんな生活にもそこそこに慣れ始めた頃、真歩が住むアパートのポストへ、ある1枚の手紙が届いていた。簡素な封筒に包まれた薄っぺらいソレ。宛名は高校時代の同級生の名前だった。当時も今も、親しくしていた間柄では無かった彼女の名前に疑問を抱きつつ、上部にカッターを当て中を見る。質の良い紙には『同窓会のお知らせ』と書いてあった。内容をよく見てみれば当時の同級生が地元の会場に集まって……と言う良くある内容であった。
委員会や体育祭などそれなりにイベントがあった高校時代、深くはないが浅く広く交友関係を築いていた真歩としては、出席する理由も断る理由もどちらも持ち合わせていない。しかし何故だろうか、何かに取り憑かれた様に無意識的に〝出席〟を円で囲んでしまった自分がそこにはいる。
未来への投資も希望も意味をなさないことは誰よりも理解しているはずだった。それなのに、高校時代に忘れてきた何かにで会えるかも……。不確かな動機だけが真歩を突き動かしていた。
某日、地元へ戻る為に都内から電車で40分程乗り継ぎ、懐かしい光景へ足をつける。
田舎と言うほどではないが東京ほどの煌びやかさはない真歩の古巣へ——。その中でも、大人数を収容できるホテルのエントランスへ足を踏み入れた。
自動ドアが左右に開き、屋外よりも若干暖かい空気が身を包む。少し重装備だっただろうかと羽織っていたコートを脱いだ。
サラリと心地の良いタートルネックのインナーと、硬くなりすぎない様にタータンチェックのジャケットを重ねてみた。あまりこういった場所に赴くことがないから、洋服選びから一苦労だった。しかし、見窄らしい姿でこの場を踏みしめなかった自分を褒めてやりたい。反射するアンティークに映った自分が〝ちゃんと馴染んで〟いられたことが何よりの安心材料だった。
シャンデリアと柔らかな絨毯が続くエントランスで受付を済まし、フロントスタッフに会場の案内を受けた。愛想の良い笑顔と、よく揃った指先が向けた奥の扉に手をかける。
重厚感のある扉は見た目通り力を込めて持ち上げる様にして開閉した。
艶やかな環境になんと無く居心地の悪さを感じ、するりと中に入った。会場内はかなり広く、幾つか転々と大きめの円卓が散らばっており、カウンターから料理を適宜取る立食式のパーティのようだった。
真歩の元へ案内を送ってくれた幹事の同級生へ歩み寄る。
高めの位置に髪を纏め、ドレスコードに匹敵するドレスワンピースを身に纏った彼女は、氏名と幹事と書かれたネームタグを首から下げていない限り、当時の同級生だとは見分けがつかなかっただろう。
「久しぶり、佐藤さん」
「あ!神渡くん!お久しぶり!」
他愛もない話を数回交わしてはみたが、はつらつとした人間性はあの頃のままでなんと無く安心した。
人間の根底はそう簡単には変わらない。良く、〇〇デビューと言う言葉がある様に自分もその波に乗るものだと思っていたが、どんどん周りが花開いていく中、自分は一生蕾のままなのでは無いかと焦燥感を感じている。
恋人ができた、夢の職に就ける、エトセトラ……。同じ年に産まれ、同じスタートラインに立って、同じ様に走り抜けるものだと思っていたが、自分ばかり子供のままだと。遅れをとっている様な気分は社会人になった今でも呪いの様に纏わり付いている。
「(暗くなってはダメだ……折角来たんだから)」
疎らな同級生たちに背を向けて壁に向き直り両頬を手で叩く様に包む。『今日のおれはちゃんと周りに馴染めてる……』呪いのように頭の中で愛想の良い自分を作り上げ会場へ振り向く。突然の奇行を目撃した人物はどうやらいない様でホッと息をつく。
折角なら並んでいる立派な料理を堪能しようではないか、積まれていた皿を1枚手に取りいそいそとホテルパンの前に立つ。
洋食を中心とした色鮮やかな料理たちにキラキラと目を輝かせて気になるものを片っ端から盛り付けていく。
パスタ、ドリア、ラザニア…。この際、栄養バランスなど気にするな、心の中で悪魔の格好をした自分に言われた様な気がした。
成人した今では、幼少の頃の様に機能しなくなった基礎代謝を鞭打つ様に、食べたいものをどんどん取っていく。おかげで、あっという間に山を作った最初の皿を、ホクホクとした笑顔で両手で持ち適当な円卓に着いた。
カトラリーを適当に取り、待ちに待った料理たちを頬張る。
「(うっま……!)」
声には出さないものの蕩ける顔面は幸せを体現させた。
アルデンテに茹でられ、少し塩味を感じるパスタにまろやかなベシャメルソースと卵黄が絡んでいる。最近は仕事の疲れを言い訳に中食ばかりを繰り返していたが、誰かの感動為に丹精込めて作った料理を口にするのは久しぶりで、温かな美味に触れられただけで今日出席した甲斐があったように思う。
夢中で真歩が料理に舌鼓を打っているその横……。真歩の着いていた卓に1人の男が絨毯を踏みしめ、音を立てずに近寄る。
そのまま、真歩の隣にシャンパンを携えた真っ黒な電柱の様な男が姿を現す。
「神渡…だよな?久しぶり」
自分よりも低い声色が、人好きする笑顔で自身の名を呼ぶ。
真歩にとって聞き馴染みのないその声は、深く夜の湖の様な美しさと不気味さを携えて、真歩の内側を揺らしている。
シャンデリアの灯りを反射する黒髪は側面にワックスで貼り付けられており、多少遊ばせた前髪と合間ってか整った顔がよく見える。細身と呼ぶより引き締まったと形容すべき体格を、さらに引き立てる形のいい黒いジャケット。シャツは第一ボタンをくつろげられており、冠婚葬祭と呼ぶには少し遊び心を感じさせた。
……控えめに言ってかっこいい、同性から見てもかっこいいなんて、なんともずるい電柱なのだろうか。
どうやらこの〝真っ黒な電柱男〟は真歩のことを知っているようだった。正直、こんな派手な知り合い真歩には居なかったはずだ。頭では悩んでみるものの、当の真歩は口いっぱいに料理を頬張っていて、それどころではない。
咀嚼する口は鳴りを顰め、かと言って喋る訳にもいかずに無言のまま彼を見つめ返した。
「っぶは!あ〜悪い悪い!」
顔を背けて吹き出した男は口だけの謝罪をして掌をひらひらと振っている。突然砕けた口調に動揺してしまった。真歩とこんなに気兼ねなく話せる同級生が居たものだろうか、とさらに思考に拍車がかかる。
ジャケットの胸ポケットから取り出された太い黒縁のメガネをかけると、なんとなく現れる面影にハッとさせられる。
あの時の委員会で、肩を並べた日々を思い出す。無趣味な真歩へ〝己の好き〟を分けてくれた優しくて温かな毒の気配——。
辺りの音がスッと消え、この男へ全て注がれる。一挙手一投足全てに目線を取られる。それぐらいに、この邂逅は真歩にとって衝撃的なものだった。
ゴクリと咀嚼物を飲み込み、真歩は懐かしみながら破顔する。
「霧島じゃん!」
1話、お読みくださりありがとうございました。
霧島と真歩の再会、いかがだったでしょうか?
これから2人はどんどんいい意味で変化していきます。
誰かのために生きるとは、大人になるとは、そんなことを問うていければと思います。
次回もよろしくお願いいたします!
【追記】2026/06/16 改稿させていただきました。




