辺境騎士団 屋根の上から
アラフは屋根の上で泣いていた。
遠くの街の明かりがキラキラと煌めいてとても美しくて。
涙が溢れ出てくる。
アラフは辺境騎士団四天王の一人だ。情熱の南風と呼ばれている。
金の髪に青い瞳の彼はとても美男だ。
その青い瞳から涙が溢れ出ている。
「メリーナ。メリーナ。メリーナっ」
過去に亡くした娼婦の少女。こんな夜は彼女の事を思い出す。
異世界の勇者がまき散らした毒のせいで亡くなったメリーナ。
彼女は貧しさから娼婦をやっていた。
アラフの腕の中で死ぬときに、「私の事は忘れて」
と言って亡くなった。
膝を抱えて泣いていると、オルディウスが屋根に登って来た。
「風邪を引くぞ。紅茶を持って来た。飲むか?」
温かい紅茶が入った入れ物を渡される。
アラフはその飲み物を飲んだら、身体が暖かくなった。
「有難う。貴公子」
オルディウスは情報部長で、情報部の貴公子と呼ばれる位、銀の髪に青い瞳の美男だ。
ワインと高級チョコレートを嗜む、高級感溢れる男である。
オルディウスはアラフの肩をポンと叩いて、
「俺は5年前の悲劇は知らない。お前達が女性と関係を持てなくなったあの異世界の勇者達が毒をまき散らした事件を」
アラフは笑って、
「今は女性と関係を持てるようになったんだがな。薬が発見されて。でも、そんな気になれねぇよ。メリーナの顔がチラついて」
「メリーナって言う少女。アラフの大事な人だったんだな」
「まぁな。好きだったのかな?結婚したいとまでは思わなかったけど」
紅茶を一口飲んで、
「そういや、貴公子はどうして辺境騎士団へ?」
「騎士団長に誘われて。まぁ俺も暇していたんで、丁度よかったかもしれない」
「暇?そういや、貴公子の集めているワイン、高いんだろ?情報部の給料だけじゃ買えないよな」
「実家が金持ちで、俺が相続した資産があるんだ。それで趣味のワインを」
「そうだったのか。で?いつ飲むんだ?趣味のワインとやら」
「特別な日に空けたいと思っている。その時はお前にも飲ませてやるよ」
「気前がいいな。是非、飲ませて貰うよ」
その時、屋根の向こうから声が聞こえた。
「アラフっ。ここにいたのか?」
四天王の一人、北の夜の帝王ゴルディルだ。
彼は大男で逞しい。
アラフは嫌な予感がして叫ぶ。
「ゴルディルっ」
「どうせ、泣いているんだろ?待っていろ。今、慰めに行く」
ゴルディルが屋根に登った。ミシミシ音がする。
アラフは叫んだ。
「来るなっーーー。ゴルディルっ」
「今、行くぞ」
ゴルディルが一歩踏み出した途端、屋根が崩壊した。
ドカンっ。ガラガラ、ガシャーーーン。
下の方で盛大に何かが壊れる音がした。
そう、何かが‥‥‥
オルディウスが叫んだ。
「下は俺の部屋っ。あの音はっーーーー」
アラフとオルディウスは慌てて下に降りた。
オルディウスの部屋のドアを開けて中に飛び込んで、アラフはゴルディルを探す。
「ゴルディル、無事かっーーー」
部屋はワインの瓶が割れて、屋根が崩れ落ち、そこからゴルディルが這い出して来て、
「いやいや、俺の重みで崩れるとは、とんだ屋根だな」
ゴルディルはぴんぴんしていた。
アラフはゴルディルに抱き着いて、
「無事でよかった。ゴルディルっーーー」
オルディウスが、背に炎を燃やしながら、
「俺のワインコレクション。どうしてくれるんだ???????」
見事にワインの瓶の欠片が散乱して、悲惨な状況になっていた。
アラフは慌てて、
「申し訳ないっ。ゴルディルはわざとやったわけじゃないんだ。俺を慰めようと」
ゴルディルも頭を下げて、
「弁償するっ。割ったワインはいくらするんだ?」
オルディウスは二人を睨みつけて、
「情報部で三か月働いて貰う。稼いだ給料は俺が貰う。これでも、随分と譲歩したんだ。凄く高いワイン揃いだったんだぞ。特別な日に空けるはずだった」
アラフもゴルディルも、謝り続けるしかなかった。
その横で、いつの間にか部屋に入って来た四天王の一人、魔手のマルクが、触手を床に垂らして、
「さすが貴公子のワイン。高級な味がする」
ちゅうちゅう、零れた床のワインを吸い上げる。
オルディウスがマルクに、
「俺のワインをっ。触手で飲むなっ」
「いいじゃん。床に飲ませるより、俺が飲んでやるよ。なかなか濃厚ないい味だな」
そのうちマルクは真っ赤な顔をして、ぶっ倒れた。
オルディウスが慌ててマルクを抱き起し、
「おいっ、ワインを一度に飲むからだ」
アラフが、ゴルディルに、
「ベッドに寝かせてっ。薬をっ」
「そうだな」
マルクは気持ちよさそうに寝ている。辺境騎士団所属の医者に診て貰った所、酔っ払って寝ているだけだと言われた。
三人は安堵する。
しかし、しかしだ。
オルディウスは不機嫌に、
「ともかく、アラフとゴルディルには三か月、情報部で働いて貰う。いいな?」
アラフは頷いて、
「解ったよ。俺が原因だしな」
ゴルディルもしゅんとして、
「ああ、仕方がねぇ」
翌日、情報部でせこせこと掃除をするアラフとゴルディルの姿があった。
オルディウスが二人に、
「アラフ、モップでしっかりと床を磨け。ゴルディル、窓がちっとも綺麗になっていないぞ。ちゃんと磨いているのか?」
アラフは床をせっせと拭きながら、
「貴公子、結構、人使いが荒いな」
ゴルディルも雑巾で窓を拭きながら、
「まぁ、仕方がない。頑張ってやろうぜ」
そこへ通りかかった四天王の三日三晩のエダル。
「なんだ?情報部に所属になったのか?」
アラフがエダルに向かって、
「うるせぇっ。お前も手伝え」
「嫌だね。俺は情報部とは関係ねぇから。ハハハ。せいぜい頑張れよ」
今度はムキムキ達が情報部に入って来た。
「情報部長に高級チョコレートをプレゼント」
「屑の美男情報を」
アラフがムキムキ達に、
「お前ら俺の給料からチョコレート代を引けと経理に言ったそうだな。俺は泣いたぞ」
「屑の美男をさらえといった責任者はアラフ」
「アラフの給料から引くのは当然」
オルディウスはにこやかに、
「騎士団長からは屑の美男情報は流すなと言われているが、高級チョコレートを頂いたのではな。喜んで流させて貰おう」
「話が解る。情報部長」
「新たな屑の美男をさらってくるぞ」
アラフは頭が痛くなった。しばらく、貧乏生活を強いられるであろう。なんせ、アラフもゴルディルも貯金をするタイプではない。
アラフとゴルディルの二人はせっせと、働く。
辺境騎士団は今日も平和に過ぎていくのであった。