表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/103

第98話:襲撃者

 太陽が真上に昇り始めた頃。


 サウスタン帝国が建設した砦の監視を続けていると、俺たちが来た方向から緑色のローブに身を包んだ人物が現れ、ゆっくりと門に近づいていった。


「緊急の用件だ。上の者を出せ」

「ハッ!」


 サウスタン帝国の騎士に命令口調で話す声と、その小太りの容姿を見る限り――。


「あれは、商業ギルドのギルドマスターですかね」


 俺に軍隊蜂の蜂蜜を納品するように圧をかけ、盗賊と関わりがあると思われた人物、マルクス・ゴードン伯爵。


 この場所にいる時点で、やはり彼が関与していると判断して間違いなさそうだった。


 ゴードン伯爵と面識があり、同じ貴族であるフィアナさんも頷いている。


「ゴードン卿が暗躍していましたか……。伯爵家の人間とは思えない愚行ですね」


 カルミアの街が滅ぶ危険があった以上、フィアナさんが敵対心を露わにするのも無理はない。


 ただ、俺はゴードン伯爵が関与していたことよりも、どうやって軍隊蜂の縄張りを抜けてきたのかが気になっていた。


 もしかしたら、見慣れない緑色のローブを着用していることに、何か深い意味があるのかもしれない。


 そんなことを考えていると、先ほどサウスタン帝国の騎士に怒っていた隊長が顔を出す。


「どうなってやがるんだ! 軍隊蜂が山を下りる気配が一向に見られないぞ!」

「それはこちらの台詞だ。盗賊たちとの連絡が途絶えただけでなく、街に軍隊蜂の蜂蜜が運ばれていない。お前たちの策が悪かったんじゃないか?」

「馬鹿なことを言うな。こちらで何度も行なった実験では、軍隊蜂の群れを散らし、戦力を分散することに成功している。うまく先導できなかったのは、貴様のせいだ」

「いや、指示通り動いた以上、非はお前たちにある。そちらの騎士団に人手が足りないとかで、盗賊にやらせた結果が……」


 これまでの推測を肯定するかのように言い合いを始めた二人は、互いに責任を押しつけていた。


 盗賊たちの行動をきっかけにして、カルミアの街に軍隊蜂を襲撃させる予定だったみたいだが、俺たちの手で未然に防いでいる。


 その策が実らなかった影響は大きく、両者に混乱をもたらしていた。


 特にゴードン伯爵は焦っているように見える。


「今回の一件が失敗に終わった以上、しばらく協力することができない」

「な、何を馬鹿なことを。自国の情報を売ったことが知られれば、どうなるのかわかっているのか?」

「わかっている。だが、仕方のないことだ。どういう思惑があるのかはわからないが、領主に目をつけられてしまった。下手に行動すれば、命に関わりかねない」

「ぐぬぬっ……。忌まわしきルクレリア家か……」


 領土問題が起きていた歴史がある以上、ルクレリア家に対して、サウスタン帝国が遺恨を持っていることはわかる。


 ただ、どんな方法を使ってでも領土を奪おうとする姿勢は、あまりにも欲深い気がした。


「まだ焦るような段階ではない。当初の予定通り、軍隊蜂の縄張りを押し出していけば、カルミアの街を手に入れるチャンスはある」

「チッ、仕方ねえな。また地道に花を枯らせていくとするか」

「くれぐれも気をつけることだな。しばらくの間、フォローしてやることはできないぞ」


 それだけ言うと、ゴードン伯爵は速やかに砦を離れ、カルミアの街の方へ向かっていった。


 ルクレリア公爵の監視の目を逃れ、こんな場所まで自ら足を踏み入れるなんて、それほど大事なことだと考えているんだろう。


 自分の利益の為に多くの人を陥れる彼の気持ちを、俺は理解することができなかった。


 まあ、この現場をフィアナさんに見られている時点で、ゴードン伯爵が思い描いた未来が訪れることはないが。


「街に戻り次第、ゴードン卿の身柄は確保しなければなりませんね。売国行為を行なった分、今度はしっかりとサウスタン帝国の情報を吐いていただきましょう」


 どうやら街に戻ったら、厳しい拷問が待っているみたいだ。


 大きな被害が出る恐れがあったし、サウスタン帝国の脅威は続いているので、当然の対応だと思う。


 この場で張り込みを続けてきた甲斐があったなーと思っていると、状況は一変する。


 突然、砦の反対側でドゴーンッ! と轟音が鳴り響くと同時に、砂煙が巻き上がったのだ。


「敵襲! 敵襲ーッ!」


 何事かと思っていると、サウスタン帝国の隊長の元に一人の騎士が走ってきた。


「お伝えします! 一人の女性冒険者と思わしき人物と四本の尻尾を持つ化け猫が、軍隊蜂を率いて現れた模様です!」

「ハッ? お前は何を言っているんだ? 軍隊蜂がここに来るはずがないだろう。ましてや、人間が率いてくるなど、絶対にありえないことだぞ!」

「しかしながら、その女性冒険者の攻撃で砦の外壁が――」


 必死の形相を浮かべる騎士が報告していると、砦から慌てふためく声が次々に聞こえてくる。


「どうして軍隊蜂がここにいるんだ!」

「女が軍隊蜂を連れてきたぞ!」

「落ち着け! ひとまず砦の中に避難して、防衛に徹しろ!」


 サウスタン帝国の騎士たちが混乱するのも無理はない。


 ただ、軍隊蜂を率いてきそうな女性冒険者と四本の尻尾を持つ猫の姿に身に覚えがある俺は、なんとなく状況を察した。


 きっと物資の運搬を妨害していたのも、サウスタン帝国に散らばっていた軍隊蜂を集めたのも、イリスさんとエレメンタルキャットの仕業なんだろうな、と。


 俺たちが考えていたよりも、サウスタン帝国は危険なことに手を出していたのかもしれない。


 これが女神様による制裁であるのならば、俺たちが出すぎた真似をするべきではなかった。


 イリスさんの逆鱗に触れる前に、この場から撤退するべきだ。


 一方、彼女と面識がないフィアナさんとロベルトさんは、首を傾げている。


「仲間割れ、ではなさそうですね。なんだか妙な展開になってきたような気がします」

「はて? トオルさんの他にも、軍隊蜂を率いることができる人物がいらっしゃるとは思えませんが……」


 勝手にイリスさんのことを話してもいいのか迷うものの、緊急事態である以上は仕方ない。


「俺に一人だけ思い当たる人物がいます。とても腕が立つ方なので、ここは彼女に任せて、避難しましょう」


 頷いてくれたフィアナさんが動き出そうとする中、ロベルトさんは迷わずに砦の方に足を踏み出した。


「非常事態ゆえに、確実な方法で対処するべきでしょう。私は錯乱したサウスタン帝国の騎士を迎撃しますので、トオルさんはフィアナお嬢様を連れてお逃げください」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ