第95話:夜間の作戦会議Ⅰ
夜ごはんを食べ終えると、疲れを取るように体を伸ばすアーリィと欠伸をするクレアが立ち上がった。
「じゃあ、私とクレアは先に仮眠するわね。今後の方針については、トオルに任せるわ」
「ん? アーリィも話し合いに参加しなくていいのか?」
「別にいいわよ。トオルと意見が食い違うとは思えないもの。クレアもそれでいいわよね?」
「うんー。トオルにお任せ~」
眠そうなクレアと共に、アーリィは用意していた寝床の方に向かっていった。
クレアの生い立ちのことを考えると、サウスタン帝国に関わる話を耳に入れさせたくないのかもしれない。
ただ、重要なことには変わりないため、アーリィだけでも話し合いには参加するべきだと思うんだが――。
「ふふっ。アーリィさんたちに信頼されていますね」
「そういうことにしておきます」
軍隊蜂に悪影響が出ないようにする、という俺の方針と変わらないんだろう。
今朝のアーリィと軍隊蜂の関係を思い出す限り、そうとしか考えられなかった。
まあ、国家機密に関わる内容が含まれるので、フィアナさんとしても都合がいいのかもしれない。
というか、今回の調査依頼の内容は、すべて国家機密に含まれるんだろうなーと考えていると、ロベルトさんが足元に置いていた小さな木の枝を差し出してきた。
それはパッと見ただけでわかるほど、鋭利な刃物で斬られたような跡が残されている。
「トオルさんの方に刃物の傷跡があったように、私の方にも同じような痕跡がいくつか見つかりました。足跡もありましたので、周囲にサウスタン帝国の騎士がいると判断して間違いないでしょう」
「それじゃあ、今回の軍隊蜂の騒動は、隣国が関与している可能性が高そうですね」
「ええ。誠に遺憾ながら、軍隊蜂を縄張りごと押し出すことで、カルミアの街を襲わせようとしていたようですな」
魔物を戦争の道具に利用するだなんて、この世界でも邪道な方法になるはずだ。
イリスさんが危惧していたように、これはマズい状況に追い込まれているのかもしれない。
今となっては、盗賊たちを裏で操っていた人物が、サウスタン帝国と繋がっているのではないかと、疑問を抱いてしまう。
「ロベルトさんの方に足跡があったのであれば、サウスタン帝国は軍隊蜂の陰に隠れて、コソコソと進軍しているはずですよね」
「トオルさんの盗賊の話を思い出す限り、そう考えるのが妥当ですな。カルミアの街が軍隊蜂に蹂躙された後、サウスタン帝国の騎士団が総攻撃を仕掛けて、領土を奪う策を企てていたんでしょう」
「かなり横暴な国のようですね。国際的な立場とか考えないんでしょうか」
この世界の常識と照らし合わせてみても、サウスタン帝国の取った行動は異常だと思わざるを得なかった。
他国の街を魔物に襲わせたと知られれば、諸外国からも大きな反発が出てもおかしくはない。
魔物を利用して戦争するなど禁忌に値する行為であるため、自国からも大きな批判の声が上がると思う。
そんなリスクを背負うほどサウスタン帝国は厳しい状況なのか……と考えていると、フィアナさんは大きなため息を吐く。
「魔物を利用して戦争を起こしたとしても、その証拠が見つからない限り、こちらの言いがかりにしかなりません。むしろ、カルミアの街を滅ぼした軍隊蜂を討伐すれば、リーフレリア王国に対して、恩を売れると思います」
「仇討ちを果たした、という意味ですか?」
「それもありますが、被害が広がらないように討伐した、という形になりそうですね。軍隊蜂の死骸が大量に見つかれば、サウスタン帝国の言い分に正当性が出てくると思われます」
魔物は人類の敵だという概念を逆手にとって、かなり悪いことを考えているみたいだ。
欲に溺れて暴走するタチの悪い連中としか思えなかった。
「厄介な問題になりましたね……」
「お気持ちはわかりますが、この段階で知れてよかったとも思います。このあたりまで足跡が残っているのであれば、軍隊蜂がカルミアの街に侵攻していないか、何度か見に来ているはずですから」
「薄々と気づいていたんですけど、俺たちはかなりマズイ場所で野営していますよね」
「そうですね。留まり続けるには、危険な場所だと思います」
情報を整理すればするほど、危険な状況に陥っていることを確認することができる。
しかし、軍隊蜂の時と同様に肝が据わっているフィアナさんは、何気ない表情を浮かべていた。
「サウスタン帝国側としては、軍隊蜂の縄張りを進んでくる者がいるとは考えていないはずです。向こうも油断しているでしょうから、あまり神経質にならなくてもいいと思いますよ」
「それはそうかもしれませんが……。この状況で、よくそこまで落ち着いていられますね」
「自分でも不思議に思います。もしかしたら、カルミアの街を守る方法がわかり、ホッとしている気持ちの方が大きいのかもしれません」
フィアナさんの言葉を聞いて、俺はサウスタン帝国と正面からぶつかることばかり考えていたことに気づかされる。
このままサウスタン帝国の策略に飲まれ、戦争を始める必要なんてない。
軍隊蜂の縄張りを適切な状態に戻すことができれば、解決する問題なのだから。