第94話:キノコスープ
日が落ちる頃に湖に戻ってくると、野営場所で焚火を作り、みんなで輪を作っていた。
焚火の周りには石を積んで、その上に鍋を乗せている。
野営の準備を担ってくれたアーリィがスープを作ってくれたみたいで、周囲にも良い香りが漂っていた。
俺のことに気づいたアーリィがスープをよそい始めたので、戻ってくるのを待ってくれていたのかもしれない。
なんだか申し訳ないなーと思いつつ、俺はフィアナさんの隣に腰を下ろした。
「お疲れ様です。ロベルトから話を聞いていますが、好ましい状況とは言えないみたいですね。時間もかかっていたようですし、何か問題でもありましたか?」
「危険な状況には陥りませんでしたよ。ただ、ニャン吉以外のシルクキャットを見かけましたし、木に刃物と見られる傷跡がありました。何者かがいると思っておいた方がいいですね」
「そうですか……。では、すでに軍隊蜂の縄張りから抜けたと判断するべきですね。料理の匂いで魔物や敵をおびき寄せる可能性がありますので、早めにごはんをいただきましょう」
「他の魔物とは遭遇しなかったので、ひとまずは安全だと判断してもいいのかもしれません。まあ、楽観的な気持ちでいられるような状況でもありませんが」
テイムから得たニャン吉の知識と古い地図を見合わせてみても、このあたりに野営できそうな場所は、この湖くらいだ。
サウスタン帝国の方には森が広がっているので、彼らは日が暮れる前に周囲から離れていると推測することができる。
こっちにはウサ太やニャン吉といった感性が研ぎ澄まされた魔物がいるので、夜襲に来ようものならすぐに気づいて――。
「きゅー……」
「あっ、悪い。ウサ太たちのごはんを忘れていた」
急いでマジックバッグの元に向かった俺は、ウサ太とニャン吉のごはんを用意する。
「きゅーっ!」
「ニャウ……」
仲間のことが気になるのか、ニャン吉はあまり元気がない。
ごはんを前にしても、シルクキャットがいた森の方を振り返り、なかなか食べようとはしなかった。
「心配しなくても、仲間たちがやられることはないと思うぞ。それよりも、今度見つけた時に後を追いかけられるように、ちゃんと食べておいた方がいい」
「……ニャウッ!」
ニャン吉は納得したみたいで、急にガツガツと食べ始める。
「きゅ!?」
自分の分まで食べられると思ったのか、ウサ太までガツガツと食べ始めてしまった。
競争しているわけじゃないんだが……と思いつつも、もう少しだけごはんを追加してあげて、俺は焚火に戻る。
すると、すぐにアーリィがスープをよそってくれて、パンと一緒に差し出してくれた。
「はい、トオルの分よ。マジックバッグの中にある食材も使わせてもらったわよ」
「ああ、好きに使ってくれて構わないぞ。最近はスキルで作ったものばかり食べていたから、料理を振る舞ってもらえると、ありがたみを実感するよ」
「な、何よそれ。別に大したことのない普通のスープよ。あんまり期待しないでよね」
急激に照れ始めたアーリィからお椀を受け取ると、そこにはキノコやオーク肉だけでなく、拠点の畑で採れる野菜がたっぷりと入っていた。
野外だからこそ、本当にこういうスープをいただけることがありがたく思えてくる。
その証拠と言わんばかりに、すでに口にしているフィアナさんたちも安堵の笑みを浮かべていた。
「とてもおいしいと思いますよ」
「優しい味がしますな」
「アーリィのスープはおいしいからねっ」
焚火の炎よりもアーリィが顔を赤くする中、俺もスープを口にする。
キノコとオーク肉から出汁が出ているだけでなく、しっかりと野菜の旨味もスープに溶け込んでいて、味わい深い。
ほんのりとした塩味を利かせているところが絶妙な味付けで、豚汁を思い出させてくれるような懐かしいスープだった。
「アーリィ」
「ど、どうしたのよ」
「これ、かなりおいしいと思うぞ」
「トオルまで褒めなくてもいいわ。恥ずかしいじゃない。師匠がよく食べてくれてたから、作り慣れてるだけよ」
そう言ったアーリィは、自分の分を入れたお椀を持って、俺の隣に腰を下ろした。
そして、誰よりも嬉しそうな表情でスープを口にする。
「んふふっ」
褒められて嬉しかったのか、イリスさんと過ごしていた時のことを思い出しているのかは、わからない。
ただ、イリスさんが毒キノコを食べてしまったであろう話は、アーリィの手作りスープの影響を受けているような気がする。
なぜなら、アーリィちゃんのスープはおいしいのよね~、とキノコを採取するイリスさんの姿が目に浮かんだから。