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第90話:山の調査に向けて

 ロベルトさんと軍隊蜂の関係が改善された翌朝。


 本格的に軍隊蜂の縄張りを調査するため、俺たちは山奥へ向かう準備をしていた。


 今回は国家機密に該当する内容が含まれている依頼なだけに、アーリィとクレアを連れて行くわけにはいかない。


 この山を守ることに繋がるとはいえ、さすがに巻き込むわけには――。


「久しぶりに冒険者らしい依頼を受けたわね」

「わーい、わーい。探検だ~♪」

「きゅーっ!」


 めちゃくちゃ行く気満々である。


 もはや、ピクニックやハイキングと勘違いしているのではないかと思ってしまうほどであった。


 どうしてこうなったんだ……と思い、フィアナさんに訊ねてみる。


「アーリィたちも来るみたいですけど、何かお話をされましたか?」

「お風呂に入った際、正式に依頼を出しましたね。軍隊蜂に詳しい冒険者がいてくださった方が、私もロベルトも安心することができます」

「それはそうなんですが、この依頼って、その……あまり公にはできないことですよね」

「軍隊蜂の生態調査と国境の現状を確認するだけだと話しておりますので、特に大きな問題はありません。今後のことを考えましても、このあたりの調査依頼をこなせる人と交流を深めておくべきだと判断しました」


 フィアナさんの考えを聞くと、納得する部分が大きかった。


 この一件が無事に治まった後、冒険者であるアーリィに依頼を出して、状況を把握し続けたいんだろう。


 他に対応できる人がいないことを考えると、今回の調査に二人が同行するのは、必然とも言えた。


 むしろ、日頃から山をウロウロしているアーリィは、軍隊蜂の縄張りの外に出て、魔物の肉を収獲している。


 この地でもっとも軍隊蜂の縄張りに詳しい人物であり、適任者でもあった。


 そのあたりのことを詳しく聞いておけば、調査にも有益な情報となるため、俺はアーリィに問いかける。


「フィアナさんの話では、軍隊蜂が住み着いてから、このあたりの状況を把握できていないらしい。俺もその縄張りの範囲内で過ごすことが多くて、詳しいこと状況がわからないんだが、アーリィはどこまで知っているんだ?」

「ん? まったくわからないわよ? だって、私は方向音痴だもの。地理なんて把握していないわ」


 どうしよう。相談する相手を間違えた気がする。


 いや、こんなことを口にしていても、アーリィはCランク冒険者だ。


 きっと深い考えがある……と、思いたい。


「そうは言うものの、普段から山の中を一人で行動しているだろう? 地理を把握していないのに、どうやって拠点に戻ってきているんだ?」

「ふっふっふ。ここは小さな山だから、攻略法があるの。道が傾斜になっているから、上の方に向かうように歩けば、拠点にたどり着くわ。簡単でしょ?」


 アーリィにどや顔を向けられてしまうが、そのうち迷子になりそうな人の言葉である。


 いったいクレアと出会うまではどうやって過ごしてきたんだ……と考えていると、不意に、俺の肩にニャン吉が飛び乗ってきた。


「ニャウ」

「ニャン吉もついてくるのか?」

「ニャウ!」


 普段は俺以外の人や魔物が近づいてくると、真っ先に逃げ出すだけに、自分から人の輪に入ってくるのは珍しい。


 ただ、明らかに無理をしているみたいで、ブルブルと体を震わせていた。


「無理はするなよ。荷物袋の中に入っているか?」

「ニャウ! ニャウ!」


 大丈夫だと言わんばかりに首を大きく横に振ったニャン吉は、なぜか表情を引き締めている。


 ニャン吉の意図はわからないが、本人の好きにさせてやるとしよう。


 肩にニャン吉を載せるくらいであれば、大した負担にはならないから。


 そんなことを考えていると、古い地図を手に持ったロベルトさんが近づいてくる。


「まずは国境を目指して、軍隊蜂がサウスタン帝国側にも生息しているのか、確認したいと思っております」

「それが無難ですよね。どれくらいの規模で軍隊蜂が繁殖しているのかわかりませんし、隣国側にも同じような影響が出ているのか、調べた方がいいと思います」

「サウスタン帝国に送った密偵の情報によりますと、現在は軍の施設が建設されていて、詳細は確認できないそうです。噂では、夜間に武器や食料を隠れて運ぶ姿も目撃されていて、怪しい動きもありますね」

「わざわざ夜間に行動しているのであれば、確かに怪しく感じますね。というか、密偵の情報であれば、これも国家機密に該当するんじゃないんですか?」

「ハッハッハ、うっかりしていましたな。これで私もルクレリア公爵と同罪です」


 ……この爺さん、わざと言ったな。


 仲間であることをアピールするために、わざわざ情報を提供してくれたんだと思う。


 だが、国家機密を知りすぎている俺の立場にもなってくれ。


 カルミアの街に戻ったら、ルクレリア公爵家の保護下に入れてもらうことを要求するぞ。


「別の情報筋の話では、軍隊蜂の被害が大きく、軍の施設を建設せざるを得なかったと聞いております」

「それであれば、なおさら夜間に武器を運ぶ理由がわかりませんね。軍隊蜂の脅威に対抗しているからこそ、昼間に行動して、近隣住民に安全をアピールするべきだと思います」

「あくまで噂なだけであって、密偵も確信を得ることができておりません。しかしながら、今となっては、先ほどの情報筋の方が怪しく思えてしまうのです」


 そう言ったロベルトさんは、大きなため息を吐いた。


「情報源は、商業ギルド・カルミア支部のギルドマスター、マルクス・ゴードン伯爵。サウスタン帝国と取引していた商人であるがゆえに、すでに買収されている可能性がございます」


 商業ギルドのギルドマスター……ということは、あの威圧的だった太ったオッサン、か。


 盗賊たちと繋がっていた可能性があることを考慮すると、ロベルトさんの言う通り、うのみにするべき情報ではないと思ってしまう。


「無論、国は情報を得るためにそれなりの金額を包んでおりますが……。それ以上の大金や地位が手に入るのであれば、母国を売りかねません」

「伯爵家の人間とは思えない行為ですね」

「まだ確証は持てていませんが、おそらく奴が黒幕でしょう。トオルさんの情報と合わせましたら、いくつか疑問点が浮かび上がっております。私が今一番気になっているのは、ニャン吉さんですね」


 ロベルトさんに名前を呼ばれたニャン吉は、ドキッと反応して、俺の肩の上で背筋をピシッと伸ばしている。


 ただ、ニャン吉が悪さをしたわけではなく、この場に存在することがおかしいという意味合いのような気がした。


 なぜなら、イリスさんもニャン吉の存在を確認した後、旅立っていったのだから。


「シルクキャットは、サウスタン帝国でしか確認されていない魔物のはずです。この場所にいる時点で、軍隊蜂の縄張りがリーフレリア王国の方へ移動して、サウスタン帝国の領土が広がっていると解釈することができます」

「その話だけ聞くと、危険な香りがしますね」

「ええ。国境の調査を優先するべきでしょう。魔物の生態系が変わると、今後もコカトリスのような強い魔物が生まれる傾向にございます」

「わかりました。急ぎましょう」


 俺が異世界に訪れたばかりの頃に出現していたコカトリスは、イリスさんが討伐してくれているため、心配する必要はない。


 ただ、他にも強い魔物が現れると厄介なことになりかねないので、早めに対応しておくべきだろう。


 ロベルトさんの話を聞いた俺は、念のため、拠点の裏庭に滞在するトレントの爺さんの元に向かった。


「トレントの爺さん。俺たちはしばらく拠点を空けて、山の調査に向かう。軍隊蜂以外の魔物が現れるかもしれないから、気をつけて過ごしてくれ。あと、干からびないようにな」

「……」


 トレントの爺さんはニコリッと微笑んでいるので、問題ないと思う。


 長い間生きてきたことを考えると、一人でもうまく立ち回れるような気がした。


 軍隊蜂は心配する必要がないと思うが……、俺の代わりにアーリィが話しかけている。


「じゃあ、戻ってくるまでの間、このあたりの花の世話をお願いね。あっ、バラ園の方はまだ芽が出てないけど、せっかく種を植えたんだから、向こうもちゃんと世話をしておいてよね」


 綺麗に整列した軍隊蜂がビシッと敬礼で応える姿を見れば、どちらが上の立場なのか、察してしまうほどだった。


 アーリィとクレアを中心に花の世話をしている影響だと思うが、もはや俺よりもアーリィの方に懐いている気がする。


 この山で一番の権力者は、意外にアーリィなのかもしれないな。

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