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第89話:使者

 夜ごはんを食べ終え、新しく増築された二階にフィアナさんとロベルトさんの客間を用意すると――。


「トオルー! お湯を追加しておいたよー!」


 クレアに熱湯を生成してもらい、俺はロベルトさんとウサ太と共に、念願の露天風呂を堪能していた。


「やっぱり風呂が一番なんだよな~」

「いやはや、これは極楽ですなー」

「きゅ~……」


 全身を綺麗に洗い、体の芯から温まる湯に身を委ねるだけで、肩の力が一気に抜けていく。


 今まで疲労が抜けていなかったのか、久しぶりに湯に浸かれたことが影響しているのかわからないが、眠ってしまいそうなほど心地がいい。


 スキルに露天風呂を設定してくれたイリスさんに対して、感謝の思いで胸がいっぱいだった。


 そんな素敵な風呂を満喫して、疲れを癒した後、自室のベッドの上でゴロンッと転がる。


「風呂に入れるだけで、生活の質がめちゃくちゃ高まるもんだなー」


 体がポカポカしていることもあり、自然と瞼が落ちてきて、ウトウトしてしまう。


 こんな感覚は久しぶりだなー……としばらくゴロゴロしていると、俺の様子を見に来たのか、ベッドに上がってきたニャン吉が顔を覗き込んできた。


「今日はいろいろあったな。まさか拠点に貴族を招待することになるとは思わなかったよ」

「ニャウッ」

「いきなり知らない人を招いたから、ニャン吉にも迷惑をかけたな」

「ニャーウ」

「意外に気にしていないみたいだ。おっ、そうだ。少し散歩でもするか」

「ニャウ!」


 夜間に出歩くのは危険な気もするが、夜行性のニャン吉がいれば、いち早くそれを察知することができるはずだ。


 近場を歩く程度に留めて、見晴らしの良い場所を選べば、散歩をしても問題ないだろう。


 すでに拠点で寝ている人がいるかもしれないので、俺とニャン吉はコソコソと移動して、その場を後にした。


 月明りを頼りにしながら、見晴らしの良い山道を歩いていると、すぐに誰かが軍隊蜂と話している姿が見えてくる。


 思わず、怯えたニャン吉が逃げるように俺の肩まで避難した。


 しかし、俺はその人が見覚えのある人物だったため、ゆっくりと近づいていく。


 足元に剣を置き、背筋を伸ばした人物、それは――、


「おやおや、これは恥ずかしいところを見られてしまいましたな」


 五体の軍隊蜂と交流していたロベルトさんだった。


 まだ軍隊蜂に認められていない彼が、こんな時間に一人で出歩くのは、あまり褒められた行動ではない。


 ただ、こんなことを意味もなくするような人だとも思えなかった。


「夜分に何をされているんですか?」

「いやはや、老いぼれが若者の足を引っ張るものべきではないと思いましてな。軍隊蜂に歩み寄っているところですよ」


 彼は無防備な状態をさらけ出すことで、軍隊蜂に敵意がないことを示しているんだろう。


 ロベルトさんなりに考えて、軍隊蜂と向き合っているのかもしれないが……。


 最初からそういう行動を取らなかっただけに、今さらそんなことをする理由がわからない。


 軍隊蜂も逆に不信感を抱いているみたいで、困惑している様子だった。


 しかし、それでもロベルトさんは歩み寄る姿勢を崩すことはない。


 晴れやかな笑みを浮かべて、無防備な状態をさらけ出したままにしている。


「人生というのは、何が起こるかわかりませんな。こうして魔物とわかりあおうとするなど、あり得ないことだと思っておりました」

「じゃあ、どうしてこんなことをされているんですか?」

「ここで暮らすトオルさんたちの様子と、フィアナ()()()()の姿を見て、気が変わりました。自分でも国の意志に抗う行為に加担することを、意外に思っていますよ」


 ロベルトさんの言葉を聞いて、改めて彼は国に仕えている人なんだと実感する。


 あくまでロベルトさんは、敵地の視察に来ただけであって、軍隊蜂と友好的な関係を築こうとは考えていなかったのだ。


「私はリーフレリア王国の騎士であり、国王陛下の剣にございます。公爵家の考えではなく、国の意思で動く駒でなければなりません。敵対勢力の中心地に足を踏み入れ、交流を深めようとするなど、考えられないことでした。その相手が魔物であれば、なおさらそう思います」


 俺もロベルトさんの立場だったなら、同じことを思っていた気がする。


 騎士である彼にとって、魔物は民を脅かす存在であり、殲滅しなければならない敵にすぎない。


 軍隊蜂と慣れ合う気が持てなくても、不思議ではない……いや、この世界の常識を考えれば、それが普通だった。


「ルクレリア公爵もフィアナ公爵令嬢も、魔物に恩義を感じるなど、正気の沙汰ではありません。そのような危険な思考で国の意思に抗うなど、あってはならないことだと思います」


 ロベルトさんがここまでストレートな言葉を発する姿を見ると、ルクレリア公爵がどれだけ危ない橋を渡ろうとしていたのか、よくわかる。


 彼の言葉を思い出す限り、軍隊蜂との争いを止めるべく、大きな賭けに出ていたんだと推測することができた。


『生憎だが、こちらも国家機密を話してしまった。このことをロベルトが国王陛下に伝えたら、私は大きな罪に問われるほどのリスクを冒しているよ』


 冗談っぽく話しているように見えたが、実際には違ったんだろう。


 ロベルトさんの心が動くことまで計算していたとは思えないから、覚悟を決めた上での言動だったんだと思う。


 まあ、結果的には良い方向に向かっているみたいだが。


「此度の国の決断に疑問がないわけではありません。魔物を過小評価した結果、災いを招いた国はいくつもあるがゆえに、危機感を抱いておりました。老いぼれたことで、臆病者になったのかもしれませんな」


 本当にロベルトさんが臆病者であれば、軍隊蜂の縄張りに足を踏み入れていない。


 軍を率いた経験があるからこそ、軍隊蜂に勝利を収める方法を慎重に検討したくて、この地に足を運んでいるような気がする。


「謙遜しているというより、随分と後ろ向きな考え方ですね」

「老いぼれの命一つで平和が訪れるほど、この世は甘くありません。戦いが始まれば、未来のある若者はあっけなく死んでしまいます。それが、たまらなく怖いのです」

「騎士団を率いて、厳しい現実を目の当たりにしてきたからこそ、そう思われるのかもしれませんね」

「平民が大役を引き受けるべきではありませんな。国の未来を担う若い騎士たちを犠牲にして得た男爵という身分を、私は誇ることができませんでしたから」


 国に忠義を捧げている騎士とは思えない言葉だが、それほど戦場で失うものが多かったんだろう。


 その結果、ロベルトさんの心に迷いが生じていたんだ。


 騎士として、国や民を思う気持ちはあるものの、不用意に争うべきではないと考えているのかもしれない。


「わざわざ軍隊蜂の戦力を調査しに来たのは、そういう理由があったんですね」

「敵の戦力を把握することなく戦いを始めるのは、無謀というものです。実際に軍隊蜂に囲まれてみて、軽い気持ちで手を出すべき相手ではないと感じました。この地を焦土と化す気持ちを持たなければ、精鋭騎士でも壊滅は避けられません」


 そう言ったロベルトさんは、すでに自分の中で答えを見つけたみたいで、優しい笑みを浮かべていた。


「そんな戦いに挑み、国力を下げれば、他国に侵略されてしまいます。軍隊蜂と争うことは、得策だと言えません」

「それで、ルクレリア家の思惑に乗っかろうと思われたんですね」

「フィアナ公爵令嬢の確固たる決意を見て、十分に勝算のある賭けだと思いました。あそこまで魔物に臆することがない姿を見せつけられると、逆にこちらの方が戸惑ってしまいますよ」

「確かに……。平民の俺と違って、フィアナさんは公爵家の人間ですもんね」

「自分の命がどれほど重いかわからないほど、彼女は愚かな人間ではありません。おそらく、この問題を解決するために、命を捧げる覚悟ができているのでしょう」


 貴族令嬢の地位を捨ててでも、この地に足を踏み入れる決意をした時点で、フィアナさんにも並々ならぬ思いがあるような気はしていた。


 軍隊蜂が作った平和や街を守るため、自らを犠牲にしてでも行動するというのは、立派な貴族の証だと思う。


 しかし、ルクレリア公爵にしても、フィアナさんにしても、その唯一の希望を俺みたいなオッサンに託すだなんて、いったいどういうつもりなんだろうか。


 まったく理解できないことだが、同じく魔物を好む者としては、嬉しくもある。


「俺が言うのもなんですけど、しばらく時間をください。軍隊蜂も戦いを望んでいるわけではありませんから」


 この地に住む他の魔物たちのためにも、ここでのんびり暮らしていくためにも、俺はもっと軍隊蜂のことを知らなければならない。


 明日からの縄張り調査で、何とか解決策を導き出そう。


「若い世代が国を思い、新たな試みに挑戦するのであれば、たとえそれが邪道であったとしても、老いぼれは見守ることにいたします」

「わかりました。意外にその邪道の方が幸せかもしれませんからね」

「おやおや、トオルさんがそうおっしゃると説得力がございますな。しかし、その道も悪くないと思うあたり、私も毒されてしまったように思います」


 そんな俺たちの会話を聞いていた軍隊蜂は、互いに顔を合わせた後、静かにこの場を離れていった。


 ロベルトさんの監視は、もう不要なのかもしれない。


 彼の中で起こった大きな心の変化を、きっと軍隊蜂も感じ取ったんだと思った。

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