第88話:山の夜ごはん
お風呂上がりの女性陣は、モチモチの肌とサラサラした髪を触り、ワイワイガヤガヤと賑わっていた。
これまで冒険者活動をしていたアーリィとクレアは、生まれ変わったような肌や髪を手に入れて、とても喜んでいる。
一方、肌や髪を毎日手入れしてきたであろう貴族令嬢のフィアナさんは、二人のことが気になって仕方ない様子だった。
「アーリィさんとクレアちゃんの髪は、貴族令嬢と同等……いえ、それ以上ですね」
「やった~! じゃあ、私も今日から貴族だー!」
「コラコラッ、あまり調子に乗らないの。私たちは平民なんだからね」
クレアを嗜めつつも、一番ニマニマして嬉しそうなのが、アーリィである。
何度も手で頬を触り、モチモチになった肌に感動していた。
その姿を見たクレアが喜んでいるあたり、もはやどちらが子供なのかはわからない。
俺の目には、アーリィとクレアが本当の姉妹のように映っていた。
そんな二人がフィアナさんに向き合うと、何食わぬ表情を浮かべる。
「でも、私とクレアは特別なことをしたわけじゃないわ」
「トオルが作ったシャンプーで、何度か髪を洗っただけだもんね」
「そうね。私たちは一週間前まで、髪に手を入れると引っかかっていたもの。それが今では――」
二人は髪に手を通して、CMのようにサラサラアピールをした。
「こうなったのよね~」
「こんな感じだよね~」
いや、商売上手かよ。
ちょっとわざとらしい気もするが、フィアナさんが感心しているのだから、アピールは大成功だろう。
風呂上がりに使用したであろう軍隊蜂の蜜蝋で作ったボディークリームまで持ってきて、ちゃっかりと売り込んでいた。
ただ、俺はそれらで儲けるつもりはない。
山の資源には限りがある以上、自分たちが使える分を確保できれば、それでいいと思っている。
でも、ルクレリア家との取引を有利に進められるようになりそうなので、有意義な売込みだとも思った。
そんな心がウキウキしている女性陣と、いつまでもしょんぼりしている変態クソジジイのロベルトさんに、調理システムで作成した夜ごはんを差し出す。
「こちらが今日の夜ごはんになりますね」
街で買ってきた小麦粉で作った焼き立てのパンと、ウサ太と一緒に庭で作っている野菜のサラダ、そして、アーリィが捕ってきてくれたオーク肉と卵を使ったスクランブルエッグ。
ちょっぴり質素な印象を抱くものの、山で暮らしている影響か、こういうシンプルな料理が一番おいしく感じる。
朝ごはんは軍隊蜂の蜂蜜を使用したハニートーストが多いため、夜は塩味の利いたものが食べたいという気持ちも大きかった。
「たくさん用意していただいたんですね。ありがたく頂戴したいと思います」
フィアナさんが笑みを浮かべる中、山の生活に慣れ切ったアーリィとクレアは、早くもそれらを口にしている。
「今日のパン、モチモチしてるー!」
「ほんとね。ほのかに甘みがあって、おいしいと思うわ」
おいしそうに食べる二人の姿を見て、俺はホッと胸をなでおろした。
「今日は小麦粉からパンを作ってみたんだが、うまく焼けてるみたいだな」
「うんっ! とってもおいしいよ!」
「そうね。このレベルで作れるのなら、今度から小麦粉を買ってくるべきね。焼き立てのパンだから、一段とおいしく感じるわ」
確かに、焼き立てのパンが自宅で簡単に食べられると、生活の質が一気に向上するような気がする。
今回はアーリィが獲ってきてくれた肉を添えているので、余計に充実している印象もあった。
これには、オーク肉を口にしたクレアもご満悦である。
「トオルが作ってくれたパンと、アーリィが捕ってきたお肉を一緒に食べると、もっとおいしいよっ」
「そう? ありがとう。まあ、オーク肉を処理してくれたのは、トオルなんだけどね」
そんな和やかな雰囲気で食事が進むところに、フィアナさんが採取してくれたトレントの爺さんのリンゴも追加する。
すると、しょんぼりしていたはずのロベルトさんが急激にシャキッとした。
「いやはや、山暮らしもなかなかいいものですな」
金では動かないと思っていたが、意外に現金な爺さんである。
後で軍隊蜂の蜂蜜を食べさせれば、彼らと仲良くし始めるのではないかと思うほどだった。
「きゅー……」
「ウサ太の夜ごはんも用意してあるぞ。ちょっと待ってくれ」
ウサ太が悲しそうに催促してきたので、ニンジンとリンゴを切り分けていたものを差し出す。
それらを勢いよく食べ始めるウサ太の姿を眺めていると、フィアナさんが申し訳なさそうな表情をしていることに気づいた。
「トオル様、もてなしていただかなくても大丈夫ですよ」
「えっ? ……あっ、トレントの果実のことですか?」
「ああー……はい。そのつもりだったんですが」
ウサ太にもリンゴをあげている姿を見て、おもてなしではないと気づいたらしい。
フィアナさんはとても複雑そうな表情を浮かべてしまった。
「そういえば、先ほどたくさん収穫したばかりでしたね……」
「慣れないかもしれませんが、あれくらいの量は毎日収穫できます。腐るともったいないので、遠慮せずに食べてください」
「そういうことでしたら、ありがたく頂戴しようと思います」
納得したフィアナさんがごはんを食べ進める中、俺は端っこに隠れるニャン吉の元に向かった。
「ニャン吉、冷ましておいたベーコンエッグだぞ」
「ニャーウ」
臆病な性格ではあるものの、ごはんの時間には顔を出してくるのだから、この生活にも慣れてきたんだと思う。
ニャン吉が小さな口で食べ始めるところを見届けた後、俺も食事を始めるのであった。
お読みいただきありがとうございます。
なろうで人気が出るのであれば、WEBの優先度を高めようと思っていたのですが……。
作者の力不足もあり、なかなか厳しい状況だなと。
ただ、カクヨムコンテストで特別賞をいただき、書籍化も控えておりますので、定期更新は継続するつもりです。
そのため、今後は週一回の更新となりますが、ご愛読いただけましたら嬉しく思います。