第86話:露天風呂
「もしや、トオルさんは建造物の名がついた特殊なスキルをお持ちではありませんかな?」
どうやって二人に説明しようか悩んでいたのだが……。
ロベルトさんの言葉を聞いて、逆に聞きたいことができてしまった。
「建造物の名がついた特殊なスキルというのは、なんでしょうか」
「かなり珍しいものですので、知らなくても無理はありませんが……。剣術や魔法とは違い、建築物を育てる特殊なスキルがございます。かつては【城】や【図書館】だけでなく、【酒場】といったものが確認されておりますね」
俺が持つ【箱庭】スキルは、地球の生活シミュレーションゲームを参考にして、イリスさんが作ってくれたものだ。
ただ、まったく新しい形で構築されたわけではないらしい。
ロベルトさんの言う通り、建造物の名がついた特殊スキルをベースにして、作成してくれていたんだろう。
まあ、アーリィやフィアナさんが首を傾げているくらいなので、本当に珍しいものに分類されるみたいだが。
「自分でも変わったスキルだと認識していましたが、他にも似たようなものを持つ方がいらっしゃるとは思いませんでした。話を聞く限り、【城】や【図書館】はともかく、【酒場】というのはなかなかユニークなスキルですね」
「しかしながら、馬鹿にすることはできませんぞ? かつてのスキル保持者が酒場の運営を始めたことがきっかけで、そこに傭兵たちが集まり、互いに協力して魔物を倒すようになったと聞いています。一説では、冒険者ギルドの原型だと言われていますね」
確かに、ゲームの世界でも酒場に仲間が集まるシステムを搭載しているものがある。
傭兵や騎士たちが共に酒を飲み、意気投合した者同士が手を組み、協力し合う光景は容易に想像がついた。
「他にも建造物の名がついた特殊スキルから、様々な文化が生まれておりますぞ。【城】という力強い建物が国を象徴するものとして用いられるようになったり、【図書館】の情報を解読して魔法学の基礎を作り上げたりと、大きな実績を残しておりますな」
マジかよ。魔法やスキルという概念がある以上、地球とは違う形で発展していたと思っていたが、こういうスキルが大きな影響を与えていたとは、夢にも思わなかった。
そのこともあってか、勝手に期待値が上昇したみたいで、ロベルトさんに笑みを向けられている。
「もしかしたら、トオルさんは人類と魔物の架け橋となるべく、女神様に特殊なスキルを与えられたのかもしれませんぞ」
珍しいスキルのことを知っていた彼に誤解を与えるには、十分な情報だったのかもしれない。
「いやいや、変な期待はしないでください。特殊なスキルであったとしても、大きな実績を成し遂げるようなものではありませんから」
実際のところは、俺がこの世界で快適な生活をするためだけのスキルである。
ましてや、魔物と友好関係を築きやすくする加護は、俺が要望したオプションであった。
その詳細を見れば、誰もが理解できることだろう。
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拠点Lv.3:ログハウス(二階建て)、畑(中)、テラスハウス(中)、アイテムボックス(容量:中)、マジックバッグ(容量:小)、野外施設(露天風呂)、簡易拠点設置(1)
工房Lv.3:鍛冶、錬金術、料理、裁縫
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拠点レベルを一つ上げただけで、ログハウスが二階建てに増築されて、露天風呂が使えるようになっている。
おまけにマジックバッグという持ち運び可能なアイテムボックスが使えるようになり、裁縫システムまで追加されていた。
これでニャン吉の絹糸を有効活用できるぞ……という思いが生まれるものの、今はそれどころではない。
必要以上に期待されるわけにいかないので、スキルの話は切り上げるべきだと思った。
「今日はフィアナさんもロベルトさんもこの拠点に滞在してもらう形になりますので、適当に見て回ってください。俺はクレアと一緒に、ある場所を確認してきます」
「うんっ! 行こう、トオル! 例の場所に!」
「おう! 気合は十分だな!」
「しっかりと休んだからね! 準備はバッチリだよ!」
力強い言葉を発するクレアと共に、俺はまずは露天風呂の状況を確認しようと、野外施設の元へ向かった。
「うおっ! 思ったよりも本格的な露天風呂だな」
周囲は仕切りで区切られているものの、開放的な造りになっていて、風情がある。
何より、石で作られた露天風呂は大きく、旅館に設置されるような立派なものだった。
イリスさんの過剰なサービス精神か、参考にするものを間違えたのかはわからない。
ただ、こんな大規模な露天風呂を想像していなかったので、クレアの様子が一変する。
風呂に湯を張ると意気込んでいたはずなのに、あまりの大きさに驚きを隠せず、ガクガクブルブルと体が震えていた。
「と、と、トオル。し、心配しなくてもいいよ。ほ、本気を出せば、ちゃんと湯を張れるから」
クレアの声が裏返っているので、動揺しているのは間違いない。
万全の準備を整えるために休んでもらっていたとはいえ、さすがにこれは無理難題なような気がした。
「この規模の大きさだったら、無理に湯を張らなくても大丈夫だぞ。もっと魔法の練習をしてから、挑戦してもいい。うまくいかなくても不思議じゃないからな」
「ぜ、ぜ、全然余裕だよ?」
「本当にか? 声が震えているぞ?」
「こ、これはあれだよ。ムシャムシャブルブルだよ」
「それを言うなら、武者震いな」
どう考えても無理しているような気がするが、クレアは果敢に挑もうとしている。
ここは必要以上に引き留めるのではなく、見守った方がいいのかもしれない。
まだ失敗すると決まったわけではないし、挫折して初めてわかることもある。
まあ、うまくいってくれることを願うばかりではあるが。
震える手を握り締めたクレアは、露天風呂に自前の杖をかざした。
「ク、クリエイトウォータ~~~!」
杖から僅かに湯気が立ち昇る水が生成されて、勢いよくバシャーッと流れていく。
思っていた以上にクレアの魔法は成長していて、弱気を見せていたことが嘘のように湯を生成し続けていた。
出てくる湯の量は申し分ないし、ちょうどいい温度に調整できているみたいだ。
「頑張れ! クレア!」
「う、うんっ! ぜ、全然余裕なんだからねッ!」
本当にいけるんじゃないだろうか……と、希望が見え始めていると、ロベルトさんがやってくる。
「おやおや、あの若さで温度変化を制御するとは。お嬢さんは、なかなか筋のいい魔法使いみたいですな」
「ロベルトさんもそういうことがわかるんですね。魔法にお詳しいんですか?」
「いえいえ、魔法は人並み程度に扱えるレベルでございます。この年齢になりますと、剣を振り続けるには限界がきますからな」
「老いには勝てない、ということですね」
「左様にございます。情けないことですが、近年は魔法に頼ってばかりで、剣が飾りになり始めておりますよ」
草取りで腰を痛めると豪語していたくらいだから、ロベルトさんが嘘をついているとは思えない。
しかし、鞘や柄を見る限り、丁寧に手入れされているように見える。
とてもではないが、まったく使っていないようには見えなかった。
そんなことに気を取られているうちに、露天風呂の状況が一変する。
湯船に浸かるには十分なほど、露天風呂に湯が張られているのだ。
思わず、まだ魔法を行使しているクレアに称賛の声をあげる。
「クレア、よく頑張ったな! 正直、露天風呂に湯が張れるほど魔法が上達しているとは思わなかったぞ」
クレアの功績を褒め称えるものの、一向に魔法を止める気配が見られない。
これはおかしいと思って、クレアの顔を覗いてみると――?
「ムシャムシャブルブル、湯がいっぱい。大丈夫……」
過度なプレッシャーで自分を見失い、目がぐるぐると回っていた。
「クレア、しっかりしろ! もう湯船が張れてるぞ!」
「……えっ? ええっ!? えええええっ!?」
湯を張った本人が驚きすぎるあまり、魔法の行使が止まった。
無茶な魔法の使い方をして、体を壊すようなことがなくてよかった……と俺が安堵する一方で、クレアが驚愕の表情を浮かべている。
「ほっ、ほらねっ、トオル。私が本気を出したら、こんなもんだよ」
言葉と心と体がすべて一致していないクレアは、まだ足がガクガクブルブルと震えている。
強がる姿勢は崩さないが、絶対に自分が一番驚いているだろう。
そんなことを指摘するほど俺は子供ではないので、クレアを褒め称えることにした。
「クレア、かっこよかったぞ……!」
「で、でしょ。ま、まま、任せてよ」
ふんすっ! と鼻息を荒くするものの、クレアが図に乗ることはない。
自分の魔法が大きな成長を遂げていたことが受け入れられないみたいで、露天風呂をチラチラと確認して、驚き続けるのであった。