第82話:好奇心旺盛な貴族令嬢
「軍隊蜂の情報を得た盗賊による襲撃事件、か」
魔物を操る笛のことは内緒にしたが、俺がこれまでの経緯を説明すると、ルクレリア公爵もフィアナさんも険しい表情を浮かべていた。
「冒険者ギルドには、そのような情報は一切入ってきておりません。事実であれば、極めて大きな問題になるかと」
「だが、何も証拠や手掛かりが存在しない。サウスタン帝国の手先による行動であることも考慮して、慎重に調査するべきだな」
二人が真剣に頭を悩ませる姿を見ていると、腹を割って話した甲斐があったと思える。
友人からの大事な情報と受け取ってくれたみたいで、ルクレリア公爵もすんなりと聞き入れてくれていた。
「すでにカルミアの街が救われているとは思わなかった。礼を言おう」
「いえ、俺もこんな惨事になるとは思いませんでした。ただ、貸しにしておきますので、何か困ったことがあったら、今度は何も言わずに助けてください」
「君は、悪魔なのか天使なのかわからない人間だな。まだ金で解決してくれた方がありがたいが――」
「大丈夫です。そんなに金をいただいても、使いきれませんので」
「やっぱり君との取引は、頭を抱えることになりそうだ」
俺も同じことを思いましたので、貸しをつけさせていただきましたよ。
それを容認してくれるあたり、あまり心配する必要はないと思いますが。
「実際に盗賊たちの話を聞いた限りでは、この街に協力者がいるみたいです。確証はありませんが、商業ギルドのゴードン伯爵が怪しいとみています」
「奴ならありうることだな。先ほども軍隊蜂の蜂蜜のことを気にして、詮索に来ていたところだ。そういう裏の事情があったと言われた方が、彼の行動にも納得がいく」
「その影響もあって、俺も顔を合わせてしまいました。すでに目をつけられたみたいなので、ゴードン伯爵とは距離を取りたいところですね」
「わかった。では、そちらの問題はルクレリア家で対処に当たろう。適当に因縁をつけて、商業ギルドの商品の取り扱い方を調査する、ということにすれば、奴も対応せざるを得なくなるはずだ」
「助かります」
ゴードン伯爵もそれなりの立場を築いている人物だと思うが、公爵家が相手では、分が悪い。
平民の俺がコソコソと調査するより、良い結果を出してくれることだろう。
その分、俺が公爵家にできないことをやれば、両者ともに目的が達成されるはずだ。
「代わりと言っては何だが、トオルくんには、軍隊蜂の縄張りを詳しく調査してもらいたい」
「わかりました。街道付近まで縄張りを広げた理由を探ってくればいいんですね」
「ああ。可能であれば、街道に軍隊蜂が来ないようにしてもらえるとありがたいが……」
「それはなかなか難しいと思いますので、とりあえず、調査に専念させてください」
軍隊蜂と交流があるとはいえ、彼らと会話することはできない。
まずは探索範囲を広げて、軍隊蜂の縄張りに悪影響が出ていないか、一つずつ確認していくべきだろう。
互いにやるべきことを確認して、話し合いが終わり告げようとしているところに、フィアナさんが軽く手を挙げていた。
「トオル様。一つお聞かせください」
「どうされましたか?」
「私も軍隊蜂の縄張りに入ることは可能でしょうか?」
フィアナさんの突然の申し出に、俺は思わず言葉を詰まらせてしまう。
そして、以前に彼女がこのような言葉を口にしていたことを思い出した。
『もしも人と魔物が共存できるのであれば、私はその交渉の場に立ってみたいと思っていますよ』
フィアナさんがこうなることを予測していたとは思えない。
しかし、軍隊蜂との衝突を本気で避けようと考えているからこそ、何の迷いもなく、こういう言葉を口にできるんだろう。
「山のルールさえ守ってもらえれば、問題ないと思います。現に、うちには女性冒険者と小さな女の子が滞在していますから」
「そういえば、最初にトオル様とお会いした時、小さな女の子を連れていましたね。ということは、私が同行しても問題はありませんね」
あっさりと同行することを宣言するフィアナさんに、俺はこう言いたい。
いや、問題大アリだが? と。
アーリィやクレアと違い、フィアナさんには貴族という地位があり、世間体がある。
どこぞのオッサンに連れられて、軍隊蜂の縄張りに足を踏み入れてしまったら……。
不純異性交遊や強姦されたと疑われ、良からぬ噂が流れる可能性が高く、貴族令嬢としての価値を失いかねない。
そんな大事件が勃発することがわからないほど、フィアナさんは馬鹿ではないと思うんだが。
「ルクレリア公爵、娘さんが大変なことをおっしゃっていますよ。止めなくてもいいんですか?」
「俺も耳を塞ぎたいところだが……。こちらにもそうせざるを得ない事情がある。悪いが、フィアナとロベルトを同行させてやってくれないか?」
「ロベルトさんも、ですか。それなら、まあ……」
爵位を得た人間が同行するならいいか、と妥協案を受け入れようとしていると、フィアナさんが頬をプクッと膨らませていた。
「なんだか私だけでは不服そうですね」
「いえ、そうでもないですけど……?」
明らかに不機嫌になると、フィアナさんは子供みたいなこともするみたいだ。
ただ、ちゃんと受け入れてもらいたいのか、すぐに真面目な表情を浮かべている。
「先ほども父が申し上げましたが、こちらの話は国家機密に該当します。軍隊蜂との戦いを避けるためには、彼らの縄張りを調査して、国におうかがいを立てなければなりません」
「なるほど。フィアナさんの言いたいことがわかりました。その情報元が平民の俺では認められない、ということですね」
「おっしゃる通りです。リーフレリア王国の決定に異議を唱えるのであれば、それ相応の覚悟と信頼できる情報が必要になります。私も一緒に同行して、共に問題の解決に当たるべきでしょう」
フィアナさんの言い分が正しいだけに、ルクレリア公爵も止めることができないみたいだ。
公爵令嬢としてのイメージが下がったとしても、やり遂げなければならないことだと、強く実感しているようにも思う。
ただ、彼女には他にも目的があるみたいで、妙に生き生きとしているようにも見えていた。
「後、個人的にも興味があります。軍隊蜂のこともそうですが、トオル様の生活も面白そうだなと」
意外に好奇心旺盛な貴族令嬢である。
軍隊蜂の縄張りに足を踏み入れても、悪影響を与えるような人ではなさそうだから、ここは同行を認めるしかない。
後は、ルクレリア公爵の後ろでずっと話を聞いていた、ロベルトさん次第だ。
「ロベルトさんも、それでいいんですか?」
「私がこの地に派遣されたのは、軍隊蜂の戦力を調査することにございます。安全に仕事ができるのであれば、同行させていただけるとありがたいですな」
「……それはそれで、嫌な理由で同行されますね」
「ハッハッハ。おっしゃる通りですな。ここは一つ、爺の屍を見る機会をなくすためだと思っていただければ、と」
「まあ、フィアナさんの身にもしものことがあった時、俺では責任が取れません。危ない行動だけ控えていただけるのであれば、同行をお願いします」
「かしこまりました。危険な地であることは認識しておりますので、これよりトオル様の指示に従いましょう」
こうして俺は、フィアナさんとロベルトさんを連れて、拠点に戻ることになるのであった。