表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/105

第76話:シルクキャット

「シルクキャット、ですか?」

「ええ。戦いを嫌う魔物で、とても逃げ足が速いの。人間たちの間では、見かけると幸福になり、追いかけると不幸になる魔物だと知られているわね」


 ニャン吉の性格や特徴とは一致しているので、間違いないとは思うんだが……。


「なんだか怪しげな話ですね」


 条件付きでも不幸になる魔物だと言われると、ニャン吉をテイムした身としては、ちょっと不安な気持ちを抱いてしまった。


 しかし、イリスさんが首を横に振ってくれているので、縁起の悪い魔物ではないんだろう。


「単純に、欲に溺れた人間が悪いだけの話よ。トオルさんもその子を見かけたのであれば、簡単に戦利品を得たのではないかしら」

「戦利品……あっ! 絹糸ですね」


 今朝、軍隊蜂から逃亡した後、絹糸の束が残されていた。


 先ほどの怪我した脚を舐めていたところを思い出してみても、ニャン吉の能力はハッキリと理解することができる。


「警戒心の強いシルクキャットが目撃されるのは、一般的に毛繕いで絹糸を生成している時なの。子供が近づくだけでも逃げると言われているから、誰でも安全に絹糸を採取できるわ」

「なるほど。そういったことが理由で、見つけると幸福になると言われるようになったんですね」

「ええ。人間が生きている限り、需要があり続ける素材だもの。今でも貴族に愛用者がいるくらいには、肌触りが良いとされているわ」


 日本でも、絹糸は高級感のある素材で、肌に優しいものとされている。


 ニャン吉が作り出す絹糸も、軽くて柔らかいだけでなく、しなやかで心地のいい感触だった。


 生活の質が向上するという意味では、とてもありがたい素材ではあるのだが……。


 こうして俺は、また一つモンスター財閥の階段を上がるんだと実感していた。


「それで、先ほどの追いかけると不幸になるというのは、なんだったんですか?」

「単純な話よ。シルクキャットを追っていくと、他の魔物の巣に誘導されてしまうの。自分で戦わない分、他の魔物に追い払わせようとする習性があるのよ」

「その結果、多くの魔物に囲まれてしまい、不幸な状況に陥ってしまうんですね」

「欲をかきすぎると失敗する、という最たる例よ。シルクキャットが悪いわけではないわ」

「じゃあ、ニャン吉が軍隊蜂の巣にやってきたのも、誰かに追われていたからでしょうか」

「わからないわ。でも、シルクキャットはこのあたりに生息しない魔物よ。やっぱり環境が変わり始めていると判断して、間違いないわね」


 トレントの爺さんもそうだが、生息域が異なる魔物が集まっているのは、良い傾向とは思えない。


 これにも黒幕が関与している……と考えるのは、さすがに安直かもしれないが、この地に危険が近づいているような気がした。


 イリスさんも同じような心境を抱いているのか、ゆっくりと立ち上がる。


「私はそろそろお暇させていただくわ」

「あれ? 今日は泊まっていかれないんですか?」

「なーに? トオルさんは、私がいないと寂しくて眠れなくなるのかしら?」

「いえ、アーリィが寂しがるなと思いまして」

「……トオルさん、違うわ。今のは、狼狽えるところよ」

「あっ、すみません。普通に反応してしまいました」


 以前にも似たようなことがあった気がする。


 イリスさんは、こういうノリに人間らしさを感じるのか、意外に好きみたいだ。


 単純に、心配させないようにする気遣いなのかもしれないが。


「少し気になることができたから、早めに調査しておきたいの。アーリィちゃんのことも気になるから、また顔を出すわ」

「わかりました。気をつけてくださいね」

「ええ。トオルさんもね。あっ、それとね」


 何か言い忘れたことがあるのか、わざとらしくタメを作った後、イリスさんは優しい笑みを浮かべた。


「もう一つ拠点レベルを上げたら、お風呂場が作られる設定になっているわ」

「えっ? 本当ですか!? というか、それはいいんですかね。この世界だと、けっこう珍しいものになりますよね」

「でも、それが地球では当たり前だったでしょう? この世界の暮らしで窮屈な思いをしてほしくないから、早めに設定しちゃったわ」

「……ありがとうございます!」

「素材は自分たちで集めてもらわないといけないけれどね。それくらいの可愛らしい欲望であれば、お安い御用よ」


 もしかしたら、料理がおいしいのも、錬金システムで作ったものが高い効果を誇っているのも、調整ミスではなかったのかもしれない。


 俺はてっきり、イリスさんのおっちょこちょいだと思い込んでいたが……、考えを改めるべきだろう。


 女神様の優しさを素直に受け取らないなんて、罰当たりにもほどがある!


 今まで失礼なことを考えていてすみませんでした! と、心の中で謝罪していると、イリスさんが不思議そうな表情を浮かべていた。


「でも、これだけすぐに魔物と親密な関係を築くとは思わなかったわ。薄々と気づいていると思うけれど、トオルさんに与えた加護は、女神()の体質の一部を複製して、譲渡したような形なのよね」

「ニャン吉がイリスさんを怖がらないのは、そういうことでしたか」

「まあね。でも、トオルさんのものは()()()()してあるから、その子もちゃんと可愛がってあげなきゃだめよ。完璧にシルクキャットを手懐けるためには、根気が大事なの」


 イリスさんのアドバイスを聞いて、俺は早急に手のひらをクルリッと返すことにした。


 簡単な会話でテイムできてしまったことと、すでにニャン吉に懐かれているところを考慮する限り、逆に上方修正されているような気がする。


 ニャン吉は今、魔物の友好関係を築きやすくなる体質を持つイリスさんではなく、それが下方修正されたはずの俺にベッタリと懐いているのだ。


 これは、調整ミスだと断言しても間違いない。


 しかも、そのことにイリスさんはまったく気づいていない様子だった。


「わかりました。じゃあ、ニャン吉をもっと可愛がりますね」

「ニャーウ」


 よって、下方修正されたくない俺は、話を合わせることにしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ