第74話:クレアにシャンプー
拠点レベルが上がった際にできたウッドデッキに、俺は背もたれが倒れたデッキチェアーを用意した。
これだけでも日向ぼっことしては、十分に優雅な時間を過ごすことはできそうだが、ここに頭を乗せる台を組み合わせる。
後は、クレアの作成してくれた湯を大きめのジョウロに入れ替えて、水で温度を調整すれば、準備完了だ。
当然、これは日本文化の賜物なので、イリスさんとクレアが興味深そうに見入っている。
「トオルさんの住んでた場所には、こういうサービスがあったのね」
「貴族が使いそうな感じだよね。なんだか高級感がある気がするもんっ」
スキルを調整してくれたイリスさんが知らないのは、少し不思議なような気もするが……。
まあ、深くは気にしないでおこう。
なんといっても、俺もヘッドスパをする側は、初めてなのだから。
「じゃあ、まずは仰向けになって、この台の上に頭を乗せてくれ」
「は~い」
デッキチェアに腰を下ろしたクレアが仰向けになったところを見届けた後、俺は湯の入ったジョウロを手に取り、慎重に髪の毛にかけていった。
「ふあ~……あったかい……」
思った以上に心地いいみたいで、自然と力が抜けたであろうクレアは、すぐに目を閉じている。
水圧が弱いことを危惧していたが、これでも十分みたいだ。
顔にかけたり、耳に入ったりしないように気をつけていこう。
髪をまんべんなく濡らし終えたら、シャンプーを使って、頭皮を洗浄していく。
頭皮を傷つけないように、全体を軽く揉んでいく度、クレアが「うあ~~~」「うへ~~」などという奇声を漏らしていた。
初めての体験で、ついつい声が出てしまうんだろう。
気持ちいいのであれば、何よりだと思うんだが……。
「全然泡立たないな」
髪の毛を洗っている俺は、そんな疑問を抱いていた。
錬金システムで作ったシャンプーは泡立たない仕様なのか、それとも……。
いやいや! クレアも女の子だからな! あまり失礼なことを考えるべきではないよな!
もしかしたら、二回目から泡立つ特殊なシャンプーかもしれないし!
いくらシャンプーをする文化がないとはいえ、さすがに……な。
「よしっ。一回流した後、もう一回するぞ」
「はぁ~い」
考えることを放棄した俺が、クレアの髪を湯で洗い流そうとしていると――、
「さっきみたいに湯をかければいいのかしら?」
ありがたいことに、イリスさんが手伝ってくれようとしていた。
女神様である彼女に手伝わせるなど恐れ多い気もするが、今は一介の冒険者にすぎない。
必要以上に気遣うのも違う気がしたので、そのままお願いすることにした。
「よろしくお願いします」
「わかったわ」
イリスさんに手伝ってもらい、湯ですすいだ後、もう一度シャンプーをしてみる。
すると――、
「あれ? さっきよりも滑らかな感じがするよ?」
なぜかはわからないが、ちゃんと泡立った。
そう、なぜかはわからないが!
「二回目からはアワアワになるんだ。こっちの方が気持ちいいだろう?」
「うんー。すごいフワフワしてる感じ~」
その光景を見たイリスさんも、興味を抱いている様子だった。
「本当にすごい泡立ちね。見ているだけでも、気持ちよさが伝わってくるわ」
「こうして誰かにやってもらうと、より気持ちよく感じるんですよね。後でイリスさんもやりましょうか?」
「う~ん、せっかくだけれど、遠慮しておくわ。気の抜けた顔をさらけ出すのは、さすがに恥ずかしいもの」
イリスさんがやんわりと断る姿を見て、俺は配慮が足りなかったと反省する。
男に頭を洗われるとなると、抵抗感があっても不思議ではない。
女神様ともなれば、弱みを見せたくはない、という感情も生まれるだろう。
まあ、俺はどちらかといえば、異性にやってもらった方が癒されると思うが。
「でも、洗う側なら問題ないわ。トオルさんには、私がやりましょうか?」
俺の心の声、聞こえていますか……?
さすがに今のは妄想みたいなものなので、なかったことにしてください。
「せっかくのお誘いですが、さすがに――」
「トオルさんが言い出したことだもの。断るはずはないわよね?」
……どうしてこうなったんだ?
平凡なオッサンの俺が、女神様に頭を洗われるなんて、どう対応すればいいのかわからないイベントなんだが。
「トオルもやってもらった方がいいと思うよ?」
「そうよね、クレアちゃん」
「うんー。だって、とっても気持ちいんだもん」
マズイ雰囲気になってきたな……と思っている間に、クレアの頭皮マッサージが終わってしまう。
何とか誤魔化すため、またイリスさんに湯を注いでもらい、泡を流していくことにした。
「うあ~、またあったかひ……」
綺麗になったところで、クレアの髪をフワフワしたタオルで包み込み、優しく上体を起こしてあげる。
「風邪を引くといけないから、入念に水分を拭き取っておこうな」
「はぁ~い」
ワシャワシャ……と優しく拭いていると、俺の視界の中にスーッとイリスさんが入り込んでくる。
「次は、トオルさんの番ね」
「まあまあまあ。いったん落ち着きましょうよ、イリスさん」
「そうね。シャンプーでもして、いったん心を落ち着けましょうか」
「ハッハッハ。面白いご冗談ですね」
「恥ずかしがらなくても大丈夫よ。私にとっては、トオルさんもまだまだ子供みたいなものだから」
互いに引くことのない攻防戦を繰り広げていると、予期せぬ展開で幕を閉じることになると察してしまう。
なぜなら、髪を拭き終えたクレアが、つぶらな瞳で俺を見つめてきているのだから。
「トオルって、もしかして、イリスお姉ちゃんのことが嫌いなの?」
クスクスと笑い始めるイリスさんを前にして、俺はどうにでもなれと、開き直ることしかできなくなるのであった。