第71話:再会
ルクレリア家との会合を終えた俺は、街で買い物をすることもなく、すぐに山の麓に戻ってきていた。
幸か不幸か、フィアナさんから監視の情報を聞いたので、余計な行動を取るつもりはない。
軍隊蜂の縄張りで過ごし続けて、この山で生活していることを証明しようと思っている。
その山の麓には、ずっと待ってくれていたであろうウサ太もいるが――。
「きゅ……」
街道の方に誰かいることを認識しているみたいで、警戒している様子だった。
「あまり気にするなよ。さすがに軍隊蜂の縄張りには入ってこないさ」
「きゅー」
ウサ太をなだめながら、俺たちは速やかに軍隊蜂の縄張りに入っていく。
これで俺が魔物と関係を持っていることは、ルクレリア公爵に報告されるだろう。
危険な人物だと評価されるかもしれないが、今日の反応を見る限り、ルクレリア家と敵対関係に陥るとは思えなかった。
魔物との共存にフィアナさんは前向きだし、ルクレリア公爵とは、友人関係になる約束まで交わしている。
実際に魔物と仲良くしていたところで、マイナス評価になる可能性は低い。
むしろ、他の魔物とも交渉できると思われれば、プラス評価を受けるとも考えることができた。
「結局、ルクレリア家の出方次第なんだけどな」
軍隊蜂の巣を襲撃された一件があるため、俺はルクレリア公爵の判断に注目している。
私利私欲に満ちた思考で、俺のことを『利用価値のある男』だと判断するのか。
それとも『慎重に付き合うべき男』だと判断して、口約通り友人として接してくれるのか。
今後の生活にも大きな影響を与える取引になるな……と思いながら、俺はウサ太と共に拠点へと戻っていくのだった。
***
しばらく山を登り進めていると、突然、どこかで見たような光景が視界に映った。
ブーンッ ブーンッ ブーンッ
木の根元に群がり、何かを威嚇しているような仕草を取っているのだ。
近くに白い毛が落ちているため、おそらく今朝と同じ状況に遭遇したと判断することができる。
「あの白い子猫の仕業みたいだな」
「きゅー」
また軍隊蜂の気を鎮めようとしている時に逃げられると、俺の信用に関わってしまう。
可哀想だが、このまま放っておくしかないか……。
ブーンッ ブーンッ ブーンッ
そんなことを思いつつも、このまま何もせずに立ち去るのは、気が引けてしまう。
「仕方ない。もう一度だけ助けてやるとするか」
「きゅーっ!」
軍隊蜂を刺激しないようにして、慎重に木の方に近づいていく。
すると、今朝の白猫が後ろ脚から血を流して、動けないでいた。
「ニャゥ……」
軍隊蜂にやられた……わけではないらしい。
木の出っ張りに血と毛が付着しているため、そこに脚を引っかけて、怪我をしたみたいだった。
ブーンッ ブーンッ ブーンッ
しかし、そんなことは軍隊蜂に関係ない。
今朝の逃亡した一件を問題視していて、強い警戒心を抱いているみたいだった。
彼らが制裁を加えていないところを見ると、朝から追いかけ続けても、花を傷つけた様子はないということ。
もしかしたら、このまま威嚇行為だけで済まされ、見逃してくれる可能性があるが……。
後ろ脚を怪我した状態では、この山で生活することは難しいと思ってしまった。
「自業自得ではあるものの、可哀想なことには変わりないな」
「きゅー……」
「こうして二度も会ったんだから、懐いてくれるのであれば、しばらく様子を見てやるとするか」
「きゅーっ!」
ウサ太も納得してくれているみたいだし、面倒を見る前提で交渉してみるとしよう。
なんといっても、ウサ太と同じモフモフ枠なのだから、優しくしてやらないとな。
邪な考えを抱いた俺は、白い子猫との対話を試みるため、ゆっくりとしゃがみこむ。
「まだ血が流れているところを見ると、怪我したばかりみたいだな。大丈夫か?」
「ニャゥ……」
「きゅー?」
「ニャッ!?」
相変わらず、ウサ太にビビっているみたいだ。
これほど臆病な魔物も珍しい気がする。
ウサ太を励ますように頭をポンポンッと軽く触った俺は、ゆっくりと子猫の鼻に手を伸ばす。
「俺たちは敵対するつもりはないぞ。少しばかり面倒を見てやるから、一緒に来ないか?」
恐る恐る俺の手に鼻を伸ばした白猫は、クンクンッとニオイを嗅いでいた。
魔物も同じかどうかはわからないが、これは猫の特性の一つである。
ニオイから相手の情報を得る傾向にあるため、これで安心感を得てくれるといいんだが……。
よしっ、どうやらうまくいったみたいだ。
俺の指を舐めているので、交渉が成立したと判断しても間違いないだろう。
「きゅー?」
「ニャッ!?」
……一向にウサ太に慣れる気配はないが。
この様子だと、周囲にいる軍隊蜂が動くだけでも、また逃げ出そうとしても不思議ではない。
ここは空っぽになった荷物袋に入れて、拠点まで持ち帰ることにしよう。
「しばらくこの中に入ってくれないか? 居心地が良いとは思わないが、周囲の目は気にならなくなるぞ」
「……ニャウ」
白い子猫は承諾してくれたみたいで、後ろ脚を引きずりながら、恐る恐る荷物袋に入ってくれた。
それをゆっくりと持ち上げた俺は、今度は軍隊蜂と向き合う。
「今日一日、花に被害が出ていないのであれば、見逃してやってくれないか? 花に悪さをしないように、俺の方からちゃんと伝えておくよ」
軍隊蜂同士で何度か顔を合わせた後、納得してくれたみたいで、ビシッと敬礼して、森の奥へと消えていくのであった。