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第70話:ルクレリア家との会談Ⅳ

「では、こうしましょう。この軍隊蜂の瓶一つにつき、俺の利益になる情報を一ついただけませんか?」


 咄嗟に思いついたことだが、なかなか良いアイデアだと思う。


 軍隊蜂の蜂蜜の価値を知っている以上、この賭けに乗るのであれば、それなりの情報を出さなければならない。


 異世界の情報に疎い俺にとっては、今後の失態を防ぐための金言になるだろう。


「もちろん、ルクレリア公爵家に関係のない情報でも構いません。逆に、ルクレリア公爵家の思惑通りに進めるため、あえて有用な情報を流していただいても大丈夫です」


 俺の言葉を聞いたロベルトさんは、僅かに頬を緩める。


 その姿を見て、俺は内心ワクワクとしていた。


 ルクレリア公爵の側近ともいえるロベルトさんが、金や物で動く人とは思えない。


 自分の功績に胡坐をかくことがないほど謙虚な方であり、国に仕え続けるような忠義心の高い人物でもある。


 だからこそ、彼がどんな言葉を口にするのか、純粋に興味があった。


「面白そうですな。その話に乗りましょう」

「ありがとうございます。そう言ってくれると思いましたよ」


 ロベルトさんが蜂蜜の瓶に手を出すと同時に、別の方向からもう一つ手が伸びてくる。


 なんと、大きなため息を吐いたフィアナさんも、別の瓶をつかんでいたのだ。


「はあ~、仕方ありませんね。冒険者ギルドの職員としては反対ですが、私もその話に乗りましょう。ルクレリア家の人間としては、少々侮られているような気がして、見過ごすことができません」


 あれ、フィアナさん……? 今日は俺の仲間でいてくれるんじゃなかったんですか?


 駆け引きをしたかったのはロベルトさんであって、フィアナさんとそれをするつもりはなかったんですけどね……。


 どうやら藪をつついたら蛇が出てきたみたいで、それを見たロベルトさんも、思わずクククッと笑っている。


「大変なことになりましたな。ここは前座として、私から参りますぞ」

「……お願いします」


 ロベルトさんが『前座』と口にした以上、フィアナさんに駆け引きを譲ったと判断して間違いない。


 これは本当に厄介なことになってしまった。


 仲間に引き入れようとしていたフィアナさんと、敵対することになるだなんて……。


 ひとまず、ロベルトさんの金言に耳を傾けるとしよう。


「旦那様は平民と交渉する機会が少ないため、今回はうまくいっていますが……。私の経験上、トオルさんは相手の懐に入り込みすぎているように思います。取引のカードが強すぎる、という問題もありますな」

「もう少し謙遜するべき、ということですね」

「左様にございます。自分が優位な立場だと確信しているのであれば、なおさらのこと。必要以上の甘い誘惑は、毒として返ってきますぞ」


 ちょうどフィアナさんがそんな感じですね。


 貴族を相手にすることの難しさを痛感すると共に、欲を出したことを少し後悔していますよ。


「覚えておきます。ありがとうございます」

「いえいえ。私は男爵位を得てからの方が苦労しましたが……、その話は別の機会にでも」


 ひとまずその毒の対処をしなさい、と言わんばかりにロベルトさんが自重したので、俺はフィアナさんと向き合う。


「では、次は私の番ですね。率直に申し上げますが、トオル様がこの部屋を離れた時点から、監視がつきます」

「……それは言ってもいいんですか?」

「さあ、どうでしょうか。少なくとも、トオル様が知っておいて損はないと思いますよ」


 それはそうかもしれないが……。


 急にフィアナさんに冷たい態度を取られると、駆け引き以前に少し寂しい気持ちになってしまいます。


 冒険者ギルドで対応してくれたフィアナさんは、交渉が苦手で嘘がつけなさそうな感じだった。


 しかし、ルクレリア公爵家の人間として対応する姿は、もはや別人のように感じる。


 まるで、心を閉ざしてしまったかのように無表情で、考えていることがサッパリわからなかった。


 ルクレリア公爵が策士と呼ばれている以上、娘のフィアナさんも気の抜けない相手になりそうだ。


「お父様のことですから、常に一定の距離を保って監視するように指示していると思われます。監視者がトオル様に接触することはないでしょう」

「普通に過ごす分には問題ない、ということですね」

「そうですね。無論、不審な行動や悪事を働くようなことがあれば、今後の取引に影響すると思ってください」


 おそらく、フィアナさんは俺の行動に制限をかけたいんだろう。


 本当に軍隊蜂の縄張りに住み、自分で蜂蜜を手に入れているのか、確証を得られるような証拠を求めているんだ。


 その判断材料の一つが、軍隊蜂の縄張りに滞在する時間だと推測することができる。


 なぜなら、軍隊蜂の縄張りに近づけない監視者は、途中までしか尾行することができないから。


 俺が監視の情報を認識して、次の会合まで山にこもり続ければ、ルクレリア家は良質な情報を得ることができるだろう。


 互いの利益に繋がるという意味では、どちらにとっても有益な情報だと思った。


 決して侮っていたわけではないが、フィアナさんと敵対するべきではないということも学んだ瞬間である。


「……監視の情報では、不満でしたか?」

「いえ、十分です。フィアナさんを怒らせない方がいいなと思っただけです」

「失礼ですね。女性に使う言葉ではありませんよ」

「おっしゃる通りです。とても良い勉強になりましたので、お詫びの意味を込めて、軍隊蜂の蜂蜜を入れた瓶をもう一つ差し上げましょう」

「むう。それはそれで失礼なような気もします。これでは、私が要求したみたいではありませんか?」

「そんなことはありませんよ。公爵令嬢の心を傷つけてしまった償いにしては、軍隊蜂の蜂蜜なんて安価なものですから。こちらも一緒にお納めください」


 少し仏頂面をしたフィアナさんは、僅かに考え込んだ後、しぶしぶお詫びの蜂蜜を受け取ってくれた。


 おそらく、高価なものが欲しいとか、軍隊蜂の蜂蜜を食べたいとか、そういう欲望に満ちた行動ではない。


 きっと『そんなことを言われて断ったら、公爵令嬢の価値が軍隊蜂の蜂蜜以下ということになってしまう』という判断をしたと思われる。


 ただ、それで機嫌を直してくれるあたり、ちょっぴり子供っぽく見えてしまうが。


 思わず、一部始終を見ていたロベルトさんも笑みを浮かべるのであった。


「ハッハッハ。これはルクレリア家と相性の良い方なのかもしれませんな」

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