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第68話:ルクレリア家との会談Ⅱ

「率直に聞こう。君はトレントの果実もそうだが、軍隊蜂の蜂蜜も採取したそうだな。無理にとは言わないが、その採取方法を聞かせてもらうことはできないだろうか。無論、できる範囲の礼はしよう」


 こういう展開になることは予想していた。


 むしろ、当然の質問とも言える。


 どこにでもいるような平凡なオッサンが、高ランク冒険者でも採取することが難しいものをホイホイと納品していたら、その方法について聞きたくなるだろう。


 しかし、そのことを話してしまうと、俺は魔物と繋がりのある異端児だと思われる恐れがあるので、丁重にお断りするべきなのだが……。


 俺はあえて、素直に答えようと思っていた。


「お伝えすることは構いませんが、ルクレリア公爵が信じてくださるかどうかは、疑問に思います。ですので、決して私の言葉を疑わない、という条件を付けてもよろしいでしょうか」

「……いいだろう。ただし、君が嘘をついたと発覚した際には、それなりの罰を受けてもらうことになるぞ」

「先ほども申し上げましたが、私は初対面で嘘をつくほど愚かではありません。ルクレリア公爵に認めてもらうために、この屋敷に訪れています」


 緊迫した空気が流れる中、俺は荷物袋に用意していた()()を三つ机に並べる。


 すべて軍隊蜂の蜂蜜が入った瓶であり、冒険者ギルドに納品した小瓶とは比べ物にならない量が入っていた。


「こちらは、今朝入手したばかりの軍隊蜂の蜂蜜です」


 それを見たルクレリア公爵は、さすがに目を丸くしている。


「なんということだ。これほどの軍隊蜂の蜂蜜を、再現性のある方法で手に入れることができると言うのか?」

「おっしゃる通りです。私は、軍隊蜂から敵視されることなく、蜂蜜を手に入れることができます」

「開いた口が塞がらないな……。君が先ほどの条件を付けたことにも納得がいくよ。それで、その方法とはどのようなものなんだ?」


 ゴクリッと喉を鳴らすルクレリア公爵に向けて、俺は淡々と事実を伝えることにした。


「単純なことです。私は軍隊蜂やトレントと交流を深め、彼らから直接素材をいただいています。わかりやすくお伝えするのであれば、魔物との交渉、ですね」


 この世界では、異端児の扱いを受けるカミングアウトであり、間違っても領主様に言うべきことではない。


 馬鹿にしているのか! と、怒鳴られても仕方ないことだろう。


 しかし、現実は違う。


「……」

「……」


 ルクレリア公爵もロベルトさんも、俺の言葉を聞いて、微動だにしなかった。


 きっと彼らは『軍隊蜂と交流がある』という言葉を、拡大解釈しているんだろう。


 自分の立場が如何に重いものか理解しているがゆえに、余計なことまで考えてしまうのだ。


 目の前にいるこの男は、軍隊蜂という一国の軍事力に匹敵する力を手中に収めているのか、と。


「君が魔物と交渉して手に入れたという証拠はあるのか?」

「軍隊蜂の縄張りに足を運んでくださいましたら、お見せすることが可能です」

「ほう。公爵家の当主である私に対して、そのような危険な地に足を運べと?」

「失礼ながら、私の言葉を疑わない、という条件を蔑ろにするのであれば、そのような方法を取るしかないかと」


 相手が貴族とはいえ、ここは決して怯んではならない。


 俺には、軍隊蜂という国家級戦力があると思わせることができれば、大きな抑止力に繋がる。


 ルクレリア公爵が黒幕であった場合、この会話自体が警告だと受け止めてもらえる可能性が高く、二度目の襲撃は控えてくれるはずだ。


 仮にそうではなかったとしても、軍隊蜂の蜂蜜を過剰に要求されたくはないので、釘を刺すことができる。


 無論、これだけのやり取りだけで、俺の意図をすべて理解してくれるとは思わないが……。


 そんなことを考えていると、ワインの鑑定に行っていたフィアナさんが、タイミングよく戻ってきてくれる。


「お父様。トオル様にいただいたワインは、本物のトレントの果実から作られたものだと判断して、間違いありません」

「偽造された痕跡などはないのだな?」

「ございません。ルクレリア公爵家の人間としてではなく、冒険者ギルドを代表して、その品質を保証いたします」

「にわかには信じられないことだが、お前がそこまで言うのであれば、事実なのであろう。しかしだな……」


 一向に納得する様子が見られないルクレリア公爵に対して、言いたいことでもあるのか、ロベルトさんが僅かに顔を近づける。


「旦那様。おそらく、トオルさんは嘘をついているわけではないでしょう」


 意外にも、俺の味方をしてくれるみたいだった。


「トオルさんの体つきを見ましても、戦闘に長けているとは思えません。軍隊蜂やトレントを出し抜き、戦闘で勝利することは不可能です。平和的な方法で魔物から素材を得ている、そう考えた方が自然だと思われます」

「お前までそちら側に回るのか?」

「いえ、旦那様が約束を違えるのは、いかがなものかと思いまして。執事としての意見を述べたにすぎません」


 優しい笑みを浮かべたロベルトさんは、家臣とは思えないトゲのある言葉でチクリッと刺した。


 その影響は大きく、ルクレリア公爵は諦めるように大きなため息を漏らしている。


「私の負け、か……。そう言いたいところではあるが、腑に落ちる話ではない。軍隊蜂の蜂蜜も、偶然手に入れたものを分割して、わざわざこのような形で持参したとも考えることができる」

「ルクレリア公爵家と繋がりを持つための策略だった、とお考えなんですね」

「気を悪くしないでくれ。あくまで可能性の話であって、自分でも非現実的なことだと思っているよ。トレントの果実で作ったワインを手土産に持ってくるのであれば、なおさらのことだ」


 ルクレリア公爵が思慮深いというより、これが普通の反応なんだろう。


 いや、信じようとしてくれるだけでも、ありがたいことなのかもしれない。


 フィアナさんから紹介してもらい、ロベルトさんが口添えしてくれたからこそ、ルクレリア公爵は迷っているんだ。


 その証拠と言わんばかりに、ルクレリア公爵は神妙な面持ちをしている。


「往生際が悪くて申し訳ないが、君の発言が正しかったと証明するために、軍隊蜂の蜜蝋(みつろう)を納品してくれないか?」

「蜂蜜ではなく、蜜蝋(みつろう)を……ですか?」

「ああ。軍隊蜂の蜂蜜は、彼らの巣の周辺でも採取できるものがあると聞く。しかし、蜜蝋(みつろう)は違う。必ず巣に近づいて、なおかつ削り取らなければならない。それこそ、軍隊蜂と交渉でもしない限り、現在の状況下では入手不可能なものだ」


 確かに、軍隊蜂の巣の近くには、蜂蜜が水たまりのようになっているため、どこかに流れ着いていても不思議ではない。


 偶然、俺がそういった場所を見つけて、蜂蜜を採取していると考えることもできるが……。


 結局のところ、軍隊蜂の縄張りに侵入する必要があるため、そっちの方が非現実的だろう。


 まあ、蜜蝋(みつろう)を採取するだけで納得してくれるのであれば、文句を言うつもりはなかった。


「構いませんが、今度は本当に信じていただけると思ってもよろしいですか?」

「ああ。公爵家の当主としても、()個人としても、君を信用しよう。さすがにもう、二言はないと思ってくれ。蜜蝋(みつろう)を持ってきた際には、客人としてではなく、友人として迎え入れるつもりだ」


 公爵家の当主と友人関係を築くとなれば、平民の俺にとっては、これ以上ないほど大きな後ろ盾になるに違いない。


 逆に公爵家とっては、前代未聞の交友関係となるため、デメリットの方が大きいといえる。


 それほどのリスクを背負ってくれるのであれば、この賭けには乗らせていただくとしよう。


 なんといっても、すでに俺の勝利は確定しているのだから。


「わかりました。次にお会いする時は、軍隊蜂の蜜蝋(みつろう)をご用意しましょう」


 ルクレリア公爵には悪いが、俺はすでに蜜蝋(みつろう)をたくさん所持している。


 軍隊蜂が蜂蜜を運ぶ時、蜜蝋(みつろう)で作った入れ物で持ってきてくれるため、アイテムボックスを確認するだけで、依頼を遂行することができるのだ。


 これはまさに、勝ったな、ガハハハッ! と、勝利の美酒に酔いしれるような状態である。

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