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第66話:すごいワード

 街道に出る前にウサ太と別れた俺は、一人で歩き進めて、カルミアの街に到着した。


 初めて街に訪れた時と同じように、防壁を補強し続けているみたいで、大きな賑わいを見せている。


 その近くで待ち合わせをしていたのは――。


「お待たせしてすみません」

「いえ、私も来たばかりです」


 冒険者ギルドの職員でもあり、挨拶に向かうルクレリア家のご令嬢、フィアナさんである。


 公爵家の貴族令嬢を一人で待たせるなんて……とは思うものの、視界に映る範囲だけでも、騎士の姿が多く見られた。


 街の治安を守るためだけに騎士が巡回しているのではなく、フィアナさんを護衛する目的もあるんだろう。


 変なことをするつもりはないが、俺がフィアナさんの体に触れようものなら、一瞬で取り押さえられるかもしれない。


 無理してエスコートするのは、絶対にやめようと思った。


「今日は身支度を整えてきてくださったんですね」

「さすがに公爵様と普段着でお会いするなんて真似はできませんよ」

「ふふっ。礼節をわきまえて行動していただけるような方で、何よりです。では、ルクレリア家の屋敷に向かいましょうか」

「はい。よろしくお願いします」


 フィアナさんと一緒に街を歩き始めると、俺は今日の交渉を有利に進めるため、彼女から情報を聞き出すことにした。


「公爵様は、軍隊蜂の蜂蜜を納品するよりも前に、俺に興味を持ってくださったんですよね」

「そうですね。トレントの果実の一件で関心を持った形になります。冒険者ギルドの職員の中でも、話題に上がっていましたよ」

「このあたりで採取できないものだと聞いていますので、話題性はあると思います。ただ、少し大袈裟なような気もするんですよね」


 薬剤の素材として使われるような軍隊蜂の蜂蜜であれば、話題に上がることも納得ができる。


 しかし、トレントの果実は、あくまで果物にすぎない。


 貴族の機嫌を取ることができる食材という意味では、有用なものかもしれないが、公爵様が注目するのは、不自然な気がした。


「今回のような形で、一度に大量のトレントの果実が納品されるケースはあまりありません。それが二回も重なったとなると、注目度は二倍になりますね」


 フィアナさんの言葉を聞く限り、また魔物に対する認識が間違っている結果なのではないかと疑ってしまう。


 実際にトレントの爺さんから果実を採取する俺にとって、大量に納品されないことの方がおかしく感じるのだから。


「不思議ですね。知り合いのトレントは、毎日大量に果実を実らせてくれるんですよ」

「今、すごいワードが飛び出してきましたね。知り合いにトレントがいらっしゃる人を、初めて見ました」

「……馬鹿にされてます?」

「いえ、とんでもないです。純粋に驚いただけですよ」


 わざわざ実家のルクレリア公爵家との仲を取り持ってくれるんだから、すでにフィアナさんは仲間のような感覚でいたが……、まだ早かったのかもしれない。


 気軽に魔物の名前を出しただけで、大袈裟な態度を取られてしまった。


 ただ、嘲笑われることはないので、本当に驚いただけのような気もする。


「俺が魔物に好かれやすい体質だと、まだ信じていただけませんか?」

「正直なところを申しまして、半信半疑ですね。冒険者ギルドで働いていると、魔物の被害に遭われた方を多く見ますので、信じてはいけないものだと思っているのかもしれません」


 ウルフを手懐けようとして失敗した俺は、フィアナさんの言葉を否定することができなかった。


 他者からの言葉に惑わされるのではなく、自分の目で見たことを信じるというのは、大切なことである。


 非常識なことを言っている自覚はあるので、必要以上に自分の価値観を押しつけるような真似をしようとは思わなかった。


 しかし、フィアナさんはまったく信じてないわけではないみたいで、優しい笑みを向けてくれる。


「ただ、個人的には羨ましいと思うところがありますね。もしも人と魔物が共存できるのであれば、私はその交渉の場に立ってみたいと思っていますよ」


 予想外の言葉を聞いて、俺は思わずキョトンッとしてしまう。


 以前、イリスさんが『人類にとって魔物は敵』だと断言していたので、そういう思考を持つ人はいないと思い込んでいた。


 しかし、フィアナさんは初めから魔物たちとの共存を望んでいる。


 今では魔物たちと打ち解けたアーリィとクレアでさえ、最初は怯えてばかりで葛藤していたため、さすがに驚きを隠せなかった。


「今度、トレントの爺さんを紹介しましょうか?」

「お爺様でしたか。おいくつくらい……いえ、樹齢何年とお聞きした方が正しいのでしょうか」

「どうなんですかね。さすがにそこまでは俺もわかりません。ただ、老いているのは確かで……」


 頭の柔軟な方なんだなーと思いながら、そのままルクレリア家に向かって歩いていくのだった。

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