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第65話:白い子猫

 ルクレリア家と友好関係を結ぶための作戦を考えていると、あっという間に月日が流れ、領主様と会合する日がやってきた。


 サラリーマン時代に取引先と何度も商談した経験があるため、相手が公爵家という身分の高い貴族であったとしても、あまり気負いすることはない。


 大企業の社長と打ち合わせするような気持ちで挑むつもりだ。


「手土産のワインも完成したし、後は出たとこ勝負だな」


 営業に向かうような懐かしい気持ちを抱きながら、失礼がないように身なりを整える。


 トレントの果実で作ったワインを箱に梱包して、出発の準備を終えると、俺はとある人の元に向かった。


「じゃあ、イリスさん。俺は街に向かいますので、アーリィとクレアのこと、よろしくお願いします」

「ええ。わかったわ」


 俺が黒幕の調査を請け負ったこともあり、あれから一週間ほどイリスさんは滞在を続けてくれている。


 アーリィに剣術の稽古をつけてくれたり、クレアの魔法の特訓に付き合ってくれたり、花のお世話を手伝ってくれたり。


 おっちょこちょいな一面を見ることはなく、優しいお母さ……いや、お姉さんのような雰囲気で、彼女たちの面倒を見てくれていた。


 そのこともあって、俺も作戦を考える時間が十分に取れたので、大きな成果をあげてこようと気合が入っている。 


「今日は初めて会った頃のように、バッチリと決まっているわね」

「あまりからかわないでくださいよ。俺としては、普通に仕事に行ってくるような感覚ですよ」

「そう? それなら貴族との商談も、例の件のことも、問題なさそうね」

「任せてください。こっちが本業みたいなものですから。何度もチャンスがあるとは思えないので、少し踏み込んだ話をしてきたいと思います」


 そして、今回アーリィの代わりに護衛してくれるのは――、


「ウサギさんも、お見送りを頑張ってきてね」

「きゅっ!」


 イリスさんの前では気を引き締める魔物、ウサ太である。


 テイムの効果による影響なのか、本能的に察しているのかはわからないが、イリスさんの正体に気づいているみたいだ。


 誰よりも礼儀正しく振る舞い、ウサ太なりに敬意を表していた。


 もしかしたら、女神様の加護を持つ俺にテイムされると、彼女の眷属に近いような扱いを受けるのかもしれない。


「魔物と人が手を取り合うだなんて、なんだが微笑ましい光景ね」


 なお、イリスさんはウサ太を普通の魔物だと思っているみたいで、呑気なことを口にしているが。


 そんなイリスさんに見送られながら、俺はウサ太と共に拠点を後にする。


 最近はアーリィやクレアと一緒に行動することが多かっただけに、ウサ太と二人だけで出かけるのは、懐かしい感じがしていた。


「少し前までは、このあたりを散策するだけでも、冒険しているような気分だったよな」

「きゅーっ!」


 異世界に訪れたばかりの時、ウサ太と共に山や森を歩き、必死に素材を集めていたことを思い出す。


 あの時は食材も足りなくて、生きることに必死だったが、今は違う。


 街に向かうだけで散歩しているような気分になり、良い気分転換だと感じていた。


 それはウサ太も同じみたいで、どことなく生き生きしているように見える。


「拠点の周辺でも行ったことがない場所が多いから、今後はそういうところに散歩に行くのもいいかもしれないな」

「きゅーっ! きゅーっ! ……きゅ?」

「ん? どうしたんだ? おい、ウサ太!」


 突然、何かに吸い寄せらせるように走り出したウサ太についていくと、盗賊たちに花を枯らされた場所にたどり着いた。


 今はアーリィが管理している土地で、少しずつ毒の中和も進み、雑草が生え始めている。


 もうそろそろバラの種を植えたいと、アーリィから聞いているが……、今はそれどころではなかった。


 ウサ太が駆け出して行った先にある小さな木の下で、なぜか軍隊蜂が群がっているのだ。


 そこに恐る恐る近づいてみると、フワフワとした毛並みの小さな魔物の姿があった。


 ウサ太よりも綺麗な純白の毛を持ち、俺の両手に収まりそうなほど小さい子猫の魔物である。


「ニャゥ……」


 どうにも軍隊蜂に囲まれていることが怖いみたいで、震えあがっていた。


「イリスさんの連れているエレメンタルキャットに似ているが、あっちは黒い毛並みだったし、尻尾の数が違う。魔物にしては、随分と戦う意思が低そうだな」


 軍隊蜂が群れているということは、この子猫は新参者と判断して、間違いない。


 花を枯らさないかどうか確認するため、威嚇行動を取っているんだろう。


 魔物とはいえ、一匹の子猫に対して、軍隊蜂が何匹も群がっているところを見ると、さすがに可哀想な気がするが。


「きゅー?」

「ニャッ!?」


 ウサ太にも怯えているような魔物なので、かなり臆病な性格だと言える。


 そんな姿を見れば、とてもではないが、このまま放っておくことはできなかった。


「ニャ、ニャウ……」


 特に、子猫につぶらな瞳を向けられてしまうと、俺は弱い。


 何を言っているかはわからないが、助けを求められていることだけは伝わってきた。


 この山に迷い込んだだけかもしれないので、軍隊蜂に見逃してやるように交渉してみよう。


「盗賊の一件があって、警戒心を強めている気持ちはわかる。だが、こんなにも弱々しい魔物であれば、様子を見てもいいと思うぞ。花に悪さをしないように、事前に伝えることだってできるだろう?」

「……」


 俺の言葉を受けて、軍隊蜂が警戒心を緩め、仲間同士で身振り手振りで会話し始めた……その時だ。


「ニャ!」


 一瞬の隙をついた子猫は、俺とウサ太の間を電光石火の如く走り抜けて、森の中に逃走してしまう。


 その動きは、あまりにも早い。


 意表を突かれたことも影響していると思うが、目にも止まらぬ速さだったため、あっという間に見失ってしまった。


 本能的に逃げ出したくなったから取った行動だと思うが、そんなことをすると、さらに軍隊蜂が警戒心を高めるだけであって……。


 ブーンッ ブーンッ ブーンッ


 四方八方に散らばった軍隊蜂は、数的優位な状況を活かして、子猫を追い詰めるために飛び去っていった。


「余計なことをしてしまったみたいだな」

「きゅー……」


 悪気がなかったとはいえ、結果的に子猫を逃がす行為に加担して、軍隊蜂の足を引っ張ってしまった。


 こうした行為が積み重なると、山の治安にも影響する可能性があるから、今後はもっと気をつけて行動しよう。


 あの白猫が花を荒らしたら、軍隊蜂が俺たちを敵視してもおかしくないのだから。


 モフモフの誘惑に負けてしまったことを反省していると、白猫のいた場所に何かが置いてあることに気づく。


「これは、絹糸か……?」


 白い子猫の毛で作られたものみたいで、手触りの良い細い糸がいくつも重なり、束になっていた。


 おそらく、あの子猫は糸を操る魔物なんだろう。


 毛繕いで油断している時に、軍隊蜂に囲まれたに違いない。


「せっかくだから、戦利品代わりにもらっておくとするか。このくらいの量があれば、ハンカチくらいは作れるはずだ」

「きゅーっ! きゅーっ!」

「一応言っておくが、ウサ太の体を拭くためのハンカチじゃないぞ?」

「きゅー……」

「そう簡単に落ち込むなよ。拠点には、すでに街で購入したタオルがあるだろう? どうせなら、もっと絹糸を集めて、肌触りの良いベッドシーツを作った方がいいと思うんだよなー」

「きゅーーーっ!」


 ……どうしよう。余計なことを言ってしまったかもしれない。


 ウサ太の目がキラキラと輝いているように見える。


 なんだかんだでウサ太は好奇心の塊みたいな性格をしていて、新しいものに興味を持つことが多いみたいだった。


「どのみち俺は裁縫系のスキルを持ち合わせていないから、あくまで妄想だぞ? まあ、それが使えるイリスさんに相談してみるのも一つの手だが」

「……きゅっ」

「お前、まさかイリスさんが怖いのか?」

「きゅ! きゅきゅっ、きゅっ!」

「そうじゃなくて、恐れ多い存在だと」

「きゅー!」


 やっぱりイリスさんの正体を理解しているんだろうなーと思いながら、俺はウサ太と共に街に向かっていくのであった。

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