第62話:追加機能
拠点に戻ってきた俺は、採取してきた素材をアイテムボックスに入れて、【箱庭】スキルを起動させた。
まず初めに作るのは――、
「マジかよ。ワインを作るのに、五日も時間がかかるのか」
領主様の手土産にしようと考えているワインである。
フィアナさんの性格や反応を見る限り、領主様が黒幕とは思えないが……。
今後のことを考えると、念には念を入れるくらいがちょうどいい。
相手が貴族だからと下手に出るのではなく、逆に公爵家を利用するくらいの気持ちで挑んだ方がいいような気もする。
舐められてしまうと、軍隊蜂の蜂蜜を過剰に要求されて、魔物たちに迷惑をかける恐れもあるからな。
「この山のルールは、持ちつ持たれつの関係であることだ。軍隊蜂の蜂蜜が狙われないように、俺が何とかする必要がある。そのためにも、領主様とうまく交渉しないと」
ルクレリア家との会合のことを考えながら、調理システムを作動させる。
すると、作業台の上に現れた瓶の中にブドウがどんどんと詰められ、フルーティーな香りが漂い始めた。
このまま調理システムに任せておけば、自動でワインが作られ、手土産の問題は解決するはずだ。
後はどうやってルクレリア家に探りを入れて、うまく交渉を進めるかが問題だが……。
これは慎重に検討する必要があるので、じっくりと考えよう。
ひとまず、先に自分たちの問題を解決するべく、錬金システムを作動させた。
「第一印象を良くするという意味でも、やっぱりシャンプーが必要なんだよなー」
クレアの魔法レベルが上がらないことには、湯を生成することができないため、少しばかり逸る気持ちはある。
だが、調理システムの機能を使えば、クレアの作り出した水を温めることは可能だ。
つまり、シャンプーに使う程度の湯であれば、二人の力を合わせて準備することができる。
「まあ、魔石の消費量が激しくなるから、多用することはできないんだけどな」
金銭的な余裕はあるものの、街から山まで大量に魔石を持ち運ぶことを考えると、かなりの重労働になってしまう。
料理をする時にも魔石を消費するので、計画的に使う必要があった。
他に思い浮かんだ代替案としては、クレアに火魔法を使用してもらい、焚火で水を温める方法だが……、有効な方法とは思えない。
ウサ太やトレントの爺さんが火を怖がったり、周囲に花があることを考えると、軍隊蜂が興奮したりする恐れがある。
現状としては、魔石を大量に用意するか、クレアの魔法レベルが上がるまで待つべきだ。
そのため、シャンプーの制作は少しばかり気が早いが、いつでもできるように準備だけは進めておくことにする。
「錬金システムで作るシャンプーは、どんなものになるんだろうなー……ん? この項目はなんだ? シャンプーに混ぜられるハーブを選べるみたいだぞ」
錬金システムを眺めていると、俺は新しい機能がついていることに気づいた。
どうやら付加効果を与えられる素材を入れることで、触媒としての役割を果たし、品質や効能が上昇するらしい。
これをうまく用いることで、様々な種類のシャンプーを作成することができるようになっていた。
「拠点レベルが上がった時に、こんな効果まで追加されていたのか。ありがたい限りだな。まあ、こっちの事情で、採取できるハーブが限られていることには注意した方が良さそうだが」
ラベンダーやカモミールといった『花』を必要とするハーブは、軍隊蜂がいる影響で採取することができない。
それでも、この山の資源は豊富なので、ミント・ローズマリー・タイムなど『葉』を必要とするハーブは採取することができる。
他にも、オレンジやゆずの果皮を混ぜ合わせることができれば、オリジナルシャンプーが作れそうな気がした。
「よしっ。まずは一回使用するだけでもスッキリとしたいから、清涼感のあるミントの葉を使うとしよう」
ワクワクしながら錬金システムを操作する俺は、あることに気づく。
美意識が高いと言われる所以は、これが原因なのではないか、と。
そんなことを考えながら錬金システムを操作していると、不意に拠点の扉が勢いよく開いた。
すると、花の世話をしているはずのクレアが――、
「トオル! イリスお姉ちゃんが遊びに来てくれたよ!」
たった一度の交流で『お姉ちゃん』と慕うようになった人物、イリスさんを連れてきてくれた。
そういえば、このあたりの魔物の生態を調査してくれていたんだっけ……と思ったのも束の間、イリスさんが真剣な表情を向けてくる。
「変なことを聞くかもしれないけれど、こっちの方に盗賊が来なかったかしら」
「あっ、はい。一週間ほど前に来ましたよ。その時、軍隊蜂と一緒に倒しましたね」
「そうなのね……。どうりで盗賊たちが隠れ家に戻ってこないわけだわ」
手軽な通信手段がなく、イリスさんに連絡できなかったのは、仕方ないことだと思う。
しかし、その影響もあって、彼女が周囲の調査を続けてくれていたのは間違いない。
申し訳ないなーと思いつつも、そこまで熱心に調査してくれた彼女に対して、俺は感謝の気持ちで胸がいっぱいになるのであった。