第61話:親バカという気持ち
集めた素材を荷物袋に入れ、討伐したウルフを脇に抱えた俺は、拠点にたどり着く。
すると、花に水をあげるクレアと草取りに励むウサ太が出迎えてくれた。
「あっ、トオル。おかえり~」
「きゅーっ!」
「……ああ。ただいま」
クレアとウサ太に出迎えられた俺は、何気ない『おかえり』という言葉に照れ臭さを感じていた。
これまで結婚願望もなく、独身生活を続けてきた影響か、誰かに迎えられることに慣れていない。
しかし、クレアの屈託のない笑顔と、嬉しそうに飛びついてくるウサ太の姿を見ると、こういう生活も悪くないと思ってしまう。
「きゅーっ! きゅーっ!」
特にウサ太の愛らしいフォルムとモフモフした毛並みは、癒し効果が高い。
おまけに意思疎通が図れるほど知能が高く、花や畑の手入れまで手伝ってくれるのだから、可愛く思えて仕方なかった。
もしかしたら、これが親バカという気持ちなのかもしれない。
「なんだかんだでウサちゃんは、トオルのことが一番好きだよね」
「一応、飼い主だからな。アーリィやクレアのことは、友達だと認識していると思うぞ」
以前までのウサ太は、知らない間に俺から離れ、山や森をブラブラする癖があった。
しかし、アーリィとクレアが滞在するようになってから、そういう姿をあまり見せていない。
これには、誰かに構ってもらう時間が増えただけでなく、クレアが遊んでくれている影響が大きいだろう。
「よしっ。じゃあ、ウサちゃん。次は向こうのお花を世話しに行こう」
「きゅーっ!」
楽しそうに走っていくクレアとウサ太の姿を見て、俺は思った。
歳を重ねてから走る機会が失われた今となっては、あんなに体力の必要な遊び方はできないな、と。
やっぱりオッサンになったなーと自覚しながら、俺は拠点の裏手の方に回り、トレントの爺さんと向き合う。
「街道でウルフが出たから、土産に持ってきたんだ。これでまた、前回みたいにブドウを実らせてくれるとありがたいんだが」
「……」
ニッコリと笑ったトレントの爺さんにウルフを差し出すと、相変わらず器用に枝を使って、パクリッと丸呑みする。
そして、見る見るうちに枝が成長して、いくつものブドウをポンポンポンッと実らせてくれた。
「やっぱりウルフを食べると、ブドウを実らせることができるようになるんだな。ちょうどそれが欲しいと思っていたから、助かるよ。実は、トレントの爺さんのブドウを使って、ワインを作ろうと考えているんだ」
俺に酒を飲む趣味はないが、ルクレリア公爵家の手土産としては、トレントの果実から作られたワインほど素晴らしいものはないだろう。
貴族に社交界を開く文化があれば、ワインを嗜むことも仕事の一貫になるため、高い評価を得ることができるといっても過言ではない。
俺がそういった貴重なワインを用意できる人間だと知ってもらえば、無下に扱うことができなくなるはずだ。
仮にルクレリア公爵家が今回の事件の黒幕であったとしても、これで利用価値のある男だと思わせることができて、懐に入り込みやすくなる。
今後の生活に大きく左右することになるため、どちらに転んでも損をしないように策を練っておかなければならなかった。
そんなことを考えながら、トレントの爺さんからブドウを収穫していると、ニヤリッと不敵な笑みを浮かべられてしまう。
「……」
「いやいやいや、もういい。もういいぞ! ブドウの生産に本気を出さないでくれ!」
悪巧みを企てていたことが伝わったみたいで、トレントの爺さんはさらにブドウを実らせてくれた。
その数、合計で二十房。
一体のウルフを捧げただけなのに、とんでもないほどの見返りをもらってしまった気がする。
また街道や森で魔物を見かけた際には、土産として、持ち運んでくることにしよう。
さすがにこれほどの量をもらうのは気が引けるからなーと思いつつも、ありがたくブドウを採取し続けるのであった。