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第59話:ムクロージーの実

 討伐したウルフを脇に抱えて、街道を歩き進めていくと、すぐに山の麓にたどり着いた。


 いつもは拠点にまっすぐ帰るが、今回は時間に余裕があるため、寄り道をしていく。


 盗賊たちの騒動に区切りがついた今、大きな木々が立ち並ぶ森の中を探索して、どうしても採取したかったものが――、


「おっ、あったぞ。ムクロージーの実だ」


 ボディーソープやシャンプーの材料となる木の実、ムクロージーの実である。


「風呂に入れないなら、せめて頭だけでも洗いたかったんだよなー」


 異世界と日本では、根本的に文化が違うため、仕方ないことではあるのだが……。


 この世界は風呂が一般的ではないので、仕事で汗をかいたとしても、濡れタオルで体を拭いて、汚れを落とさなければならない。


 当然、頭の汚れも水で洗い流すだけであり、スッキリとした感覚を覚えることはなかった。


 ベッドで横になる時も髪がベタベタしている気がして、モヤモヤとした気持ちが溜まる一方。


 それは、毎日風呂に入ることが当たり前だった現代人の俺にとって、耐えがたい苦痛となっていた。


 しかし、錬金システムでシャンプーを作り、クレアの魔法で湯を調達することができれば、状況は一変する。


 頭と共に気持ちをスッキリさせることで、快適な山暮らしを送ることができるのだ!


 無論、贅沢を言うつもりはない。


 週一回だけでいいから、シャンプーで頭を洗わせてくれ!


 そんな強い想いを抱いてムクロージーの実を集めていると、俺の気持ちが天に届いたのか、予想外のものを発見する。


「うおっ! これは椿の木だ! 種子からツバキオイルを抽出できれば、髪の潤いに役立つぞ」


 この地方は年中温かい気候に恵まれていることもあって、いくつもの立派な椿の木が咲き誇っていた。


 花を咲かせていたり、蕾をつけていたり、実がなっていたり。


 まるで大自然が生んだ宝のような光景を見て、俺は感慨深い思いで胸がいっぱいだった。


「これが女神様のお導きというやつか。今度、お供え物代わりにシャンプーをお裾分けしよう」


 さすがに花に手を出すと軍隊蜂に怒られそうなので、ありがたく実を採取して、そこから種子を取り出すことにした。


 すると、アーリィに不思議そうな顔を向けられていることに気づく。


「トオルって、美意識が高いわよね。よく見れば、私よりも肌が綺麗なんじゃない?」


 美意識が高いだなんて、生まれて初めて言われたが……。


 この世界の基準で考えたら、そう思われても不思議ではなかった。


「さすがにアーリィよりも肌が綺麗なのは、言い過ぎだろう」

「お世辞はいいわよ。ほらっ、私は……冒険者活動で怪我が多いから……」

「なかなか踏み込みにくい内容だが、アーリィは擦り傷や打撲が多いだけであって、肌質が悪いわけではないと思わないぞ。どちらかといえば、栄養失調で肌のターンオーバーがうまくいっていないんじゃないんか?」

「ん? た、たーんおーばー?」

「ああ、悪い。これが専門用語になるとは思わなかった。早い話、軍隊蜂の蜂蜜を食べていれば、栄養が十分に取れて、俺よりも遥かに肌が綺麗になるって話だ」

「薬剤に使われる素材とはいえ、さすがにそんなにうまい話はないと思うわ。これは私だけの問題じゃなくて、女性冒険者にとっての永遠の悩みなんだもの」


 アーリィの気持ちは、わからなくもない。


 ただ、すでに出会った頃より顔色がよくなり、擦り傷が綺麗に治り始めている印象なので、そのうち気づくことになるだろう。


 あれ? 私、最近綺麗になってきていない? と。


 まあ、俺の方が肌が綺麗だと思っているような時には、何を言っても信じてもらえないと思うが。


「俺はもう三十五歳を過ぎたオッサンだ。比較対象にするのは、さすがに場違いだと思うぞ」

「そうなの? もう少し若いのかと思ってたわ」

「若作りしているつもりはないが、そう見られるのも悪くないと思ってしまう時点で、すでに気持ちはオッサンだな。最近は眠りも浅くなったし、徐々に疲れが取れなくなり始めているんだ」

「なんだか切実な悩みね。拾った素材は、私が持って帰ろうか? おじいちゃん」

「せめて、そこはオジサンと呼んでくれよ。さすがにおじいちゃんと呼ばれるのは、傷つくぞ」

「冗談よ。さっきも若く見えるって言ったでしょ?」

「……そうか?」

「そんなに嬉しそうに反応しないで。お兄さんと呼ばなきゃいけない気分になってくるわ」


 うぐっ。まさか若いと言われただけで、頬がニヤついてしまうだなんて。


 俺は本当にもう、オッサンになってしまったんだな……。


 そんな気持ちを抱いて、どこか遠い目をしていると、アーリィがハッとした表情を浮かべる。


「あっ! ちょっと待ってて」


 それだけ言うと、アーリィは近くの大きな木に近づいていき――、


「ほっ。よっ。とお」


 あれよあれよと軽快な動きで木を登り始める。


 いや、これはもう、木登りという概念ではないのかもしれない。


 木の幹が丈夫なのをいいことに、壁蹴りジャンプで高く舞い上がり、その勢いのまま軽やかに上昇していった。


 そして、あっという間に大きな枝の上にたどり着くと、何か確認するように覗き込んでいる。


「やっぱりあったわ」


 何しているんだろうか……と思ったのも束の間、すぐに枝から飛び降りたアーリィは、スタッと華麗に着地した。

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